第2話
課題 「眠れる森の美女の結末を純文学に」
私が眠りについている間中、妖女はありとあらゆるおぞましい出来事を私の頭の中で行って見せた。
人間の胴体から頭が切り離される様を、朝から晩まで(眠り続ける私にとって、それは本当に朝から晩までの丸一日を指した)見せられた時には、ああ人体とはなんとはかなくそして脆く、簡単に生命を失ってしまうのだろうと、目の前に広がる風景にどこか驚きと少し違った感情を感じ、身体をこわばらせた。
ある意味では哲学的な時間だったと言い換えてもいいだろう。
ぶちりと、がくりと、次々にもげ落ちていく首の、なんと滑稽なことか。
私は恐怖や憎悪以外の感情として、生というものに対する尊ささえ考え始めた。人一人の頭、そのひとつひとつが、およそ人間の尊厳を失っていくその様子は、痛みや恐怖というものに染まっては、いとも簡単に終わりを迎える。
物語の終わりの瞬間は、なんと味気のないものなのだろう。
それらが無機質な人形と違うのは、その断末魔や苦悶のうつろいまでをも、妖女が再現していることだった。今や私の夢は、単なる地獄絵図と化している。あらぬ方向に曲がった四肢から、赤黒い血が床にどろりとこぼれて模様を作る。そしてそれはまた別の四肢から流れてきた新しい血と混じり合い、床に広がる模様は泥のように生臭く、乾く暇もないほどだった。
時折、真っ黒の世界が見えることもある。おそらくは私の意識が半分目覚めかけているのか、瞼を通して、薄く外界の光を感じられる事もあった。
「姫、オーロラ姫」
私はその時、いつもと同じく血しぶきの中に佇んでいた。私と一緒に眠らされたメイドの無残な死体を前に、遠くで私を呼ぶ声が、こだまのように幾度か響き渡った。
「誰なの」と、聞いてみようとしたが、何故か声が出てこない。そうか、これも妖女が思いついた新手の夢なのかもしれない。私はそう納得しようとしたが、なおもこだまは続いた。
「オーロラ姫、助けに参りました」
助けですって? 夢と現実を彷徨いながら、私はその言葉を反芻した。
ゆっくり、ゆっくりとこだまの反響が近づいてくると、不思議なことに私の身体がぼんやりと光りだしたのを感じた。
それは指先から始まって、じんわりと熱を帯び、久しく忘れていた体温が指先からつま先に向かって拡がっていく。
「ああ、なんと美しい」
もはやごく近くで聞こえた若い男性の声を聞いて、私はゆっくりと瞼を動かしてみた。
百年の眠りについていた私の目に飛び込んできたものは、家来を無数に引き連れた王子の姿だった。
「まあ……わたくしを迎えに来てくださったの」
王子は頬を上気させ、何度も興奮気味に頷いた。
「そうです、姫! さあ、わたしと一緒にわたしの国に参りましょう。そしてわたしたちは一緒に暮らすのです!」
私はその王子の血色のいい肌や、差し出した傷一つない手を見て、こう呟いた。
「わたくし、あなたの首が落ちるところが見てみとうございますわ。失礼、妖女が呼んでいますの。ベッドに戻らなければ」
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