筆トレな日々
蓮実
第1話
課題 「三匹の子豚の結末を純文学に」
幾度となくおおかみの誘いに乗るうちに、僕を誘う懲りないおおかみの様子に、親密な情を僕は抱いていた。
最近は、おおかみの手入れの行き届いた毛並みに気づくほど、彼との距離が縮まっているのを感じている。そして何度も懲りない彼の様子に、微笑ましく乗るふりをする程度には、僕はこいつを信用しているのだろう。
おおかみを信用するだなんて!
だがおおかみ自身も、成功して僕を喰う気があるのかないのか、相当に疑わしい。
たとえばそのお誘いは、暖炉の前で一緒にミードを飲もう、だとか、最近お気に入りのお話を読んでやろう、だったりする。もちろん場所は僕の自慢のレンガの家だ。
彼はカウチでくつろぎながら、僕が作ったポトフをまじまじと見て言ったのだ。
「なんだい子ぶたくん、ポトフにはソーセージも入れてくれなくちゃ」
僕はあまりにのんびりとしたおおかみのその言葉に、笑いさえこみ上げたほどだ。
「子ぶたさん、今日も僕がやってきました!」
コツコツとドアをノックしながらおおかみが怒鳴っている。呑気にも名乗りをあげる捕食動物に、僕は相好を崩した。
レンガでアーチ状に縁どられたドアノブを、爪で器用に閂をひっかけ、彼はまた何度かドアを鳴らす。
「子ぶたさん、お留守ですか」
今日は一体何の誘いを仕掛けてくるのだろう。間延びしただみ声で「こーぶーたさーん」と呼ぶおおかみに、僕はいつものように門扉を開いた。
暖炉には種火の燃えさしがほのあかくけぶり、燭台のろうそくもちりちりと瞬いていた。レンガの壁はあまりにも不格好だと、内装に漆喰を足してくれたのはおおかみだ。真っ白だった漆喰は塗られて久しく、暖炉のあたりは特にすすけている。
もう長い事、この呑気な捕食者と一緒にいるのだと、妙な感慨がやってきて僕は目をしばたかせた。
「おおかみくん、今日はシャンクリンのお祭りだね」
「ああ、君がバター缶に入って転がったお祭りだね!」
「誤解のないように言っておくと、僕は本当に怖くてしかたなくバター缶に飛び込んだんだからな。坂を転がっていくおおかみくんの顔といったら、思い出しただけで笑っちゃうよ。豚に追いかけられたおおかみなんて、聞いたこともない」
僕はおおかみの淹れた茶葉だらけの紅茶を一口すすると、盛大に笑った。
「また茶こし使うの忘れてら。仕方のないおおかみくんだなあ」
おおかみをちらりと盗み見ると、彼も同じように笑っていた。「ごめんよ」なんて言いながら。
暖炉に照らされた彼の牙はするどいのに、僕は恐怖心をどこかに置き忘れてしまったようだ。
ゆっくりと午後の日は暮れてゆき、西日が照らす室内には、背の高い影ぼうしがふたつ揺れている。ひとつはまん丸い僕の影。もう一つはふさふさでのっぽの彼の影。
僕らは何度でも、過去の思い出を共有し合う。思い出を共有するほどに、彼を理解できると思うのをどう伝えるか、僕は言いかけて、口をつぐんだ。おおかみはまるで子羊が草を食むように、ソーセージのないポトフを頬張っていた。
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