第3話
手を握る。汗が垂れる。
水子への思いが昂ぶってキスをした。
水子は瞼を閉じた。
それが受諾を表すとは解釈出来なかった。
心臓を手で確かめると止まっていた。あの時と同じ表情で水子はぐたりと肢体を放った。意図しない結果に夜の羽虫のさざめきだけが聴き取れる。
何だ、結局死ぬじゃん。
あれだけ近付いても手を握っても死ななかったのに、唇が触れただけで死んじゃうのかよ。何で、どうしてだよ。何で私はキスすることも許されないんだ。どうなってるんだよ能力の条件。そもそもこんな能力があるのが問題なんだよ。当たり前になって忘れていたけど、こんな能力そりゃあ無い方がいいよ。皆と同じ人間でありたかったよ。元々私だって強い人間なんかじゃなかった。今は無理矢理感情に鞭打って誤魔化しているだけだ。だけど死ぬ勇気は欠いているんだ。人を死なせることしかできない。じゃあ誰が悪いかって、一番悪いのはこの私を創り上げた神様だろ。私は知らないよ。死ね。
久しく密閉していた自己と能力の撞着に熱で炙られていく。思考が同じ回路を只管巡り巡って停止信号の受信を求めている。落ち着くまで小屋を殴り続ける。
一呼吸闇に吐いても変わらない死体がそこにいた。
はーあ、これで終わりか。人間呆気ないね。負のエネルギーは正のものより遥かに強いみたい。私って果て無く病的なんだな。これからまたウイルスの一人歩きが再開される訳だ。まぁ元からあまり期待していなかったけど。これは流石に嘘だ。
名残惜しさの解消を兼ねて、最後の挨拶に死体を潰れる程抱き締めた。冷ややかで優しい感触が生死の差を誇示してくる。「好きだよ」今も昔も、未来では忘却するかもしれないけど。命が残っていれば永遠に好きだったのにな。本来は顕在する意識に呟く手筈だった言葉が後髪を吹く。生きている間に思いを伝えるのは難しいと知った。
やがて精神が重力に抗えなくなりそのまま死体横に埋もれた。キスしなければよかったんだろうな。夜の月に笑われて野草を噛み締める。
目覚めてから森を抜け、人気があっただろう街の復興に私一人の微力を加える。引率者が殉職したからか足取りは通常より少し重い。話す相手が欠如すると感想が一々淀んだ空気に仲間入りしたがる。その辺の植込みから新しいパートナー志望が飛び出してきたところで採用するか分からんよ。
結局皆が死んでよかったのだろうか。私としては正直どちらでもいい。いれば気を遣うけど偶に面白い、いなければ快適だけど偶に空虚に陥る。この辺の感情の機微は一般人と大差ないから。昨日は取り乱したけどやはり私は特別だ。成るべくして能力者に成ったのだ。私による独占の支持を感じさせる地を蹴り、近隣のスーパーに安全な既製品を調達しに入る。
野菜売り場の前に、また水子が立っていた。
「ごめんごめん、寝坊した!」
今回は確かに心肺停止していたはずの水子がへへへと正なるエネルギーを発散して喋る。何度瞬きしようと新種の人型野菜には咀嚼できない。驚歎が羞恥に優り左心室付近を触診しても滸出発時には失せていた拍動が認められた。
私は一つ仮説を立てた。私との何らかの接触により水子は仮死状態になるのではなかろうか。前回は私が肩に触れることで仮死し、耐性がついた為二度目は起こらず、今回はキスが一段階隔てた行為と認識され仮死した。そして復活する条件は距離を取ること。私の能力は距離がある程度関係するし、水子と再会したのは二回とも離れた後だ。だから今日あのままあの滸に居れば復活せず真に絶命していたかもしれない。想像すると偶然の好判断に息が溢れる。
兎に角水子は生きていた。よかったぁと心配も停止する。戯言が思い浮かぶくらいには救われた気分になる。あぁやっぱり水子のこと好きなんだな私。水子はやはり特別だ。世界史からしても悪役令嬢の私より救世主素質のある水子の方が特別なのかもしれないな。死んでも死んでも今際の際から這い上がりあっけらかんと立ち尽くす。いつか真に絶命しようと悲哀より希望を遺してくれる気がする。
「起きたら一人だったから慌てて抜け出してきたよ」
計画の中継地を実直に追ってくれたことも私達の運命に一役買っている。今回は記憶が高品質に残っているように伺えるが、私との激しい舌の絡み合いは覚えていないようだ。それは私の記憶にもないけど。前回は刹那的な出会いだったから私の存在ごと消えたのだろう。
私の不純さと対を成す水子の誠実さを受けて単身孤独に出て行ったことを陳謝した。過去に拘らない水子はわたしが悪いよと抗弁するので罪悪感が街の電波塔まで降り積もる。もう一度キスしたらどうなるかと冗談ならない悪戯心は雲の向こうに放り投げるとして食材をリュックに放り込んだ。少なくとも新たな生存者が見つかるまではね。
「じゃあ行こうか」
足下の死体を踏み台に二人の旅は再開された。彼女はまだまだ死なないようです。
肢体のような 沈黙静寂 @cookingmama
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