第2話

「気付いたら何故か皆倒れちゃってさぁ。暇だから適当に歩いていたらこの屋敷を見つけたの」

 彼女は肯定的に見れば明朗、否定的に見れば軽薄な表情でここに至る経緯を言う。他人への愛着と同等に薄いワンピース姿は第一印象の身嗜みを無かったことにしようとする。痴漢や盗撮者が死滅すれば服は脱いでいいという意見は参考に留めた。変わり身の早さから自前ではないだろうと推測して肝の据わり具合は私以上かもしれない。

 彼女は水子みなこと言い、ここらでは私以外唯一の生存者であるようだ。名前を聞き出せた時点で最近二年では御の字なのに会話が転落死する登山者のようにスムーズに出来るとは夢にしか思わなかった。

 そして私の脳年齢が老化していない限り、灰色の髪、すらりとした肩幅、私とは団栗関係の身長、読み取れる特徴は二年前学校の廊下に立ち尽くしていた人物と合致した。死んだはずの人間が見せるピチピチ潤った肌はゾンビらしさに欠けるのでキャスト変更と憤ったが、そう言えばあの時は倒れた姿を見ただけで心肺停止は確認していないことに気付いた。例に漏れない死人顔は私の能力を反映しながら死までは至らなかったのか。

 距離において能力の効果に個人差があるのは稀に死に切れていない人間を見かけることから判明しているが、接触して尚死なない場合があるのは新発見だ。まぁ世界で私一人に能力が与えられているならば、世界に一人能力が効かない者がいて不思議ではない。やはり水子は待望の例外なのか。そっくりさんや双子、コピー能力者の存在を考慮して何処から来たのと水子攻略情報の一歩目を踏むと、私と同じ地元を明らかにした上で「わたしも学校で倒れていたんだけど」と言って私の推論の正しさを証明した。

 しかし二年経った今出会うなんて妙な巡り合わせだ。私が先に出発しただろうけど、ルートとスピード違いでこの室内に重なった。方向違いで一生縁のない物語を歩むことも有り得ただろうに。取り敢えず私の綿密な観察がこの結果を齎したということにしておこう。こうなると存外かつ期待通り世界には生存者がある程度残っているかもしれない。インターネットサーチ不足か。ちなみに水子は女子高校生にしてスマホを持っていないと言う。時間旅行者の可能性もあったか。

 以上の話し振りから察するに水子は私のことを記憶していないようだ。あの時は意識朦朧に伺えたから仕方ないし無理に思い出させない方がいいだろう。わたしが諸悪の根源であると理解したところで状況は変わらず一度死んだ者は生き返らない。万が一怨嗟に燃えた水子が私に愛のパンチを見舞いすることだって、無さそうだけど。

 夜更けとなり私は九人、力士であれば三人包み込める器の大きいベッドを二人で複占し、お互い二年ぶりの会話、二年ぶりのお泊まり会と言いたいところ私に関しては初体験の高揚感に彩られ脳が活性化する様子は修学旅行と喩えて差し支えなかった。地元からここまで歩いてきた苦労が辛苦とは思っていないけど報われるよ。水子も無免許だからか徒歩に興じたらしいが同様に他の生存者は見たことがないと言う。

「他にも生き残りがいるか探そうよ」

 水子は月夜を化粧に映した顔をこちらに向け、誘いの形を取って分かりきった行動計画を確かめてきた。これだけの接近を厭わない人間は能力萌芽の前からいなかったので心拍数に拍車が掛かる。一人見つけて万々歳、生来多人数での複雑な会話が得意でない私はあと五年は水子だけと時間を共有できるが、目的を設けた方が水子は同伴を苦にしないかなと配慮して同意を示した。原因が何なのか調べようよとも旺盛な好奇心を振り撒いてきたが残念ながら自明なんだ。ただ何故、どのようにして私の能力が目覚めたのかは神のみぞ知るところだけど。どちらかと言えば水子が死なない理由の方が気になる。すやすや健康に意識を閉ざす瞼に手を掛けても寝息は続いた。

 水子との旅が始まった。観光業含む全業界が衰退した世界では、稀に現れる新鮮な死体の共同観察や街の崩壊度を見て、この地域は沢山死んでるねといった感想文を送り合った。だが拾う方が難しい世の中も腐敗するものばかりではなく、高級ブランド店で小規模ファッションショーを開いたり、貸し切りの遊園地で珈琲若しくは砂糖として屍と一緒に回転したりと、遊べる玩具は自由さを増して残っていた。一人の時には発想しなかった娯楽に水子が誘ってくれた。都市建築は大勢の生きた客を想定して造成された分、却って寂しさが際立つこともあるが、水子に手を引っ張られる調子に任せてその感情は置き去りにした。それでも生存者の発見は叶わなかった。

 都会の腐敗臭から肺を換気すべく自然の中へ足を踏み入れてみれば、寂しさとは無縁の生き生きとした緑に囲まれて癒しを獲得する。一人の時にも訪れていればよかった。山道には転落死ではないだろう重装備の死体が休憩しているが生きた登山客は見当たらない。私の能力に自然の浄化作用は機能しないことが分かった。

 湖の滸に出ると小さな山小屋があり、進行方向など今後の計画を立てるべく一時的な拠点にすることにした。盗んだリュックに盗んだ缶詰を詰めた背中が心許無くなってきた頃だった。ここなら魚が釣れるし、熊が出れば熊鍋だ。なんて楽観視はしていない。そうなれば潔く人類の敗北を認めよう。料理は水子が得意ということで私は食材調達に回った。植物については素人目では食用か否か判断できないねと諦めると、水子が毒味をすると宣言し、そんなことで死んでもらっては困るから動物性蛋白質に甘んじると止めたが「わたし胃腸強いから」と強情を貫く。何かと生命力が強い女なんだと、水子への理解が深まった。

 小屋に降りて三日、旅を始めて約一ヶ月が経った。理解が深まるにつれ水子への興味が底を広げていく。草花を刈り整えただけのチープな寝床に水子との距離の近さを改めて意識する。普段他人に拒絶どころか絶息させられている私が、何も意に介さず無邪気に接して来る人間に何も思わない訳ないだろ。はぁー、どうしよう。仮に失敗したとて誰も茶化す人はいない。ただ水子から距離を置かれるだけだ。それに水子だったら。

 水子はまだ瞼を開いて月を眺めている。その隙を突いて顔を近付けた。

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