肢体のような

沈黙静寂

第1話

 ふらふらな心身を引っ提げて街を歩く。誰もいないことが分かっていても何か目的を求めて彷徨うのが私の性、というより暇潰しだ。

 もう駄目だ今日はここで休憩しよう。鍵の閉まっていない清々しい家にお邪魔して間取りを内見し適当なベッドを見繕うと横になり縦にはなる体力が余っていなかった。思春期は卒業しつつあるから閉める必要のない扉の隙間からは私を真似てぐったりとした一本の脚が見える。その滑らかさにおやすみと挨拶して夜に沈む。

 新しい朝だろうと希望を許さない自然の摂理に諭されシーツから縦になった。窓から日光を拝むとまた一人、私の純粋な疲労とは文脈を異にして倒れる者が観察される。何回も目撃した身のこなしだから驚き悲しみ、怒り喜びは今更受容しないけど。当初からそこまで感情的ではなかったかな。

 街は死体で溢れている。家の中駅の中、あの子のスカートの中何処を見渡しても休日の親父以上にごろごろ転がっている。だから坂本九には悪いけど足下に注意して歩行することを、生者がアルゼンチン東岸辺りに存命していれば推薦する。うっかり踏み付けた拍子には転倒に演出された劇的なファーストキスを果たす危険がある。腹立つ容貌の奴には油断するけど。

 そういった思索に耽りながら今日も宛先不明な旅に出る。そうそう、この旅の動機を暇潰しと前述したけど他には運動不足解消という効能があった。それは虚言として、私以外に生きている人間を探し当てるという目的を思い出した。これだけ歩き回っても邂逅を果たさないから初心は忘れていた。どうせいないとは思うけれど諦めたらそこで何とやら。ちなみに自転車や自動車には頼らないのが私流。死体がカーレースで言うバナナになるとか無免許運転に善心が痛むとか理由は複数あるけど、何にせよ海まで到達すればサンタ・マリア号なしにそれ以上進むことは出来ないからだ。私金槌だし。あとは屍臭の充満した地域にあまり長居するのは衛生的に好ましくない予感も足を運ばせている。結局遍く類似した都市景観なので自然に還るのが最適解である気がしてきた。

 私の周りでは人が死ぬ。惨状と捉えるかは人によって意見が異なるだろうこの状況は私が作り上げた。意図的ではなく否応無しに。十六才の時に突如天から注射された能力は、私の周りの人間が順番に死んでいくという悲劇を貫通した奇劇だった。私の生体感覚の変化と付近に私だけ生存していることから初めの疑心暗鬼は確信へと変わっていった。当初は近所のろくに挨拶の出来ない住民が犠牲とニュースになり、規範的に学校に通っていた私の周りの席は放射状に意識を飛ばしていった。詰まらない授業を自覚していた教師は私だけ垂直を保つことを訝しみ、私も一時的に寝ようかと思っている内に教鞭を手放す。自習時間の告知に喜んで他教室を観覧してみると、同じように授業への不満が表れていた。何人かの心の声を傾聴してみても沈黙を貫くことから、一過性の気絶ではない確かな死が認められる。

 ただ見回る中で一人生き残っている生徒がいた。彼女は廊下の中央で予報もなく訪れた天変地異に呆然としていた。もしや能力の対象外かと期待して、彼女を慰めるべく肩に手を掛けた瞬間、彼女は崩れ落ちた。結局皆死んだ。

 この街の住民は皆死んだ。この国も世界も恐らく皆死んだ。ただし屍骸になったのは人間だけ。動物や植物は今まで以上の成長ぶりを披露することから人間に如何に束縛癖があったのか理解できる。

 さてこの結果に満足しているか伺いたい寺院の前を通る。連続大量不審死の報道が始まった頃は努めていた墓作りが死ぬペースに追い越されてからは自然葬。ニュースどころかインターネットでも発信者が消滅したことは何語で検索しても最新情報が三ヶ月前で止まっていることから分かる。ネットについては機械に疎いおばあちゃんにはよう分からんわいだが、現段階で閲覧することは辛うじて可能であるようだ。これまた暇潰しに眺めるくらいだけど何れ使えなくなるだろう。

 買い物籠に店員が頭を突っ込んだスーパーに立ち寄る。無価値ながら値引きシールに目を吸われる。この商品全てが私の物。生鮮品は人間同様朽ちていくけど、保存の効く食料は無尽蔵にあるから生活に困ることはない。最悪の場合近隣の畑から何か引っこ抜けばいい。という訳で缶詰の蓋を引っこ抜き鯖の味噌煮を飲み込む。

 外に戻るとさっきは無かった死体が転がっているので顔色を伺ってみる。新鮮な死体を見つけては観察するのが私の趣味だ。観察する意義は万が一生きているかどうかの確認と知人か否か、下着は何色かといった興味本位の二つがある。この人は紺色トランクスのおじさん。何の収穫もなし。

 あれから二年経って、予定表では卒業間近なこの時期も特に変わりなく修学旅行を続ける。何故この能力が開花したのかは未だに分からない。何故宇宙が生まれたのかもよく分からないのだからそれと同じだと思っている。あのおじさんだって、そこのお兄さんだって私がいなければ各々の栄光を掴んでいただろうに。世界の筋書を捻じ曲げた。けれどこれもまた運命ということで。人類は増え過ぎたということで。特に気には病まない。第一犠牲者達を含めて。

 私は何故生きてるかって?それは世界の終末を見届けたいから。嘘。ただ何となく生きている。そりゃあ私こそ死ぬべきだっただろうけど、そこまでしてあげる義理はないよね。私だって自分が死ぬのは怖いんだよ。いつ権勢を回復させた熊に襲われるかびくびく震える程だし。

 そのバリケードを兼ねて今宵の宿泊地を品定めする。生垣の先に覗いた、大きな御屋敷のような面構えに一目惚れすると、出会った時から好きでしたと言わんばかりの軽々しいステップで初対面の相手を口説き入れる。どんな立派な死体が寛いでいるのかなと豪華な寝床を期待して奥へ進む。

「あれ?生きてる人?」

 廊下の真ん中に下着姿の女が立っていた。

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