第4話

 翌日。意外にも心は穏やかだった。12時間以上眠ったのなんて人生で初めてだ。そのおかげか頭が今までにないくらい冴えている。空腹を満たし、朝の訓練をしに行く。


 訓練の後、団長の執務室を訪れる。


「グレンか。もう大丈夫なのか?」


「はい、問題ありません。実は団長にお願いしたいことがありまして」


「願い? 珍しいな。なんだ?」


「前線に行かせてください」



 公国とにらみ合いが現在も続いている国境付近。俺は一人、ここに持ち場を移された。公国軍は少しずつ兵を増やしているようだが大きな変化ではないため、王国も増援はしてこなかった。そこに俺を送ることが何を意味するのか。


 それは、こちらの前線を上げることを意味している。


 オキデンシス王国騎士団第七部隊長、それが俺の役職だ。


 俺が到着してから、王国軍は一気に前線を押し上げた。公国で学んだ魔法と剣の融合技。それが自国に振るわれることになるとは公国も思っていなかっただろう。


 一月ほど経ち十分前線を押し上げたところでおれは王都に帰還した。公国が増援した分以上の兵を俺がこの手で直接殺した。この王国の動きをみて公国はどうするのか、見物だ。



「で、説明してもらおうか」


「なにがでしょう」


「ここまで前線を上げる予定ではなかったはずだが。追い詰めすぎると何をしてくるかわからないから、ほどほどにしろと言ったよな?」


「……」


「言ったよな?」


「すみませんでした」


 団長が頭を抱えて溜息を吐く。もし公国が全面戦争でも仕掛けてきたら俺が前線に送られるのは確実だろうな。


「もういい、行け。やりすぎではあるがよくやってくれた。しばらく休暇を与える」


「失礼します」


 執務室を出て騎士の制服のまま街に出る。休暇を貰ってもやることがないから、王城の仕事を手伝おう。


「あ、あの!」


 王城に向かっていると、後ろから声をかけられた。振り向いた先には俺が一番見たくないレナひとがいた。彼女を見ただけで心がざわつく。


「もう一ヶ月近くいらっしゃらなかったですけど、どうしたんですか?」


「王都を離れていました」


 俺の淡白な言葉に一瞬怯んだ様子だったが、すぐに優しい笑顔に戻って言葉をつなげる。


「なら、これからまた来てくれますよね? 黒豚クレアスの新料理もできたんです! 良かったら是非食べてみてください!」


「もう――」


 おそらく行かない。そう言いかけた俺の言葉を同僚の声がかき消した。


「おっ! グレンか、久しぶりだな! ってあの店の女の子じゃねえか。いつの間に仲良くなってたんだ? 」


「別に「お前しばらく休暇出たんだろ? なら前線行く前に仕事代わってやったんだから、少し手伝え」」


「あ、ああ」


 こちらの話を聞かずにまくし立ててくるこの感じ。王都に戻ってきたことを実感する。


「仕事があるので失礼します」


 レナの方に目も向けず、言葉だけ伝えてその場を離れる。


 後ろから何か聞こえた気がしたが、無視してアレクと共に王城に向かった。


「さっきの子何か言いかけてたけどいいのか?」


「いい」


「ふーん。てかお前、公国で大暴れだったらしいな。公国軍を圧倒するお前があまりにも狂気じみてて、味方も怖がってたらしいじゃん」


「そんなことはない。みんな普通だった」


「なわけねーだろ。伝令のあんな顔見たことねーぞ」



 一週間後、俺の休暇の終わりと共に良くない知らせが王都に届いた。


「公国が全面戦争の準備って。お前のせいだろ」


 公国が全面戦争を選択したのだ。アレクが言っていることはあながち間違いではないので、俺は何も言い返せない。


 とりあえず今日は俺と団長とその他少数で前線に向かい、明日残りの兵を前線に向かわせるらしい。ちなみに、その他少数にはアレクとルードとケントも含まれている。


 すぐに準備を終えて集合場所に行った。先行メンバーのうちまだ来ていないのは団長だけだ。騎士団の施設の前でおとなしく待っていると、俺たち騎士を遠巻きに眺めている人垣の中から見覚えのある金髪の女性が駆け寄ってきた。レナだ。同僚が警戒心強め、すぐに剣を抜ける体制になったところを手で制する。


「一般の方はあまり近づかないでいただけますか」


「こ、これ。言葉だと長くなっちゃうから手紙にまとめたの。読んで、グレン」


 グレン。はっきりとその名を口にし、口調も丁寧なものから崩れたものになっている。どうやら俺が幼馴染のグレンだと認識しているようだ。


 手紙を受け取ると、同僚たちに頭を下げて何度もこちらを振り返りながら人垣の向こうに消えた。


「なんだそれ?」


「わからない」


 懐に手紙をしまいながらアレクに言葉を返す。


「読まなくていいのか?」


「職務中だ」


 団長がやってきたのを顎で示した。それに気づいた同僚たちは姿勢を正して団長を出迎える。ほどなくして俺たち一行は王都を離れ、前線に向かった。



 公国の制圧は驚くほどにスムーズに進んだ。一月も経たずに王都に戻ってこられるとは思いもしなかった。


 公国との戦闘に余裕が生まれたときにレナから手渡された手紙を読んだ。


 内容を簡潔にまとめると、村の襲撃の後、領都にたどり着く前に力尽きてしまった。そこをたまたま通りかかった商人に助けてもらい、事情を説明した。するとその商人の知り合いで、領都で飲食店を経営している方の家に居候させてもらえることになった。その家の娘があの店のいつも俺のことを睨んでくる女性だったらしい。2年ほど前、王都に店を出すことになり、レナもついてきた。


 領都では俺の生存を信じてずっと俺らしき子供の情報を探っていたようだが、一切手がかりはなく、もう生きてはいないのではないかと思った。だから、また会えて嬉しい。ゆっくり話がしたいから店の営業が終わった時間に来てほしい。


 それが手紙の内容だ。


 来てほしいと言われるとさすがに行かないことはできない。ついさっき王都に戻ってきたところだが、今晩行くつもりだ。



 店が閉まって大通りを歩く人の数も随分と減ってきたころ、俺は店の前に立っていた。外から見る限り店内に人はいない。店員は奥にいるのだろうが、果たして入っていいものなのだろうか。


 逡巡していると、レナが奥から顔を出して手招きしていることに気が付いた。その表情は昔を思い出させてくれる。


「ありがとね、今日帰ってきたばっかりなのに来てくれて」


 そう言うやいなやレナは勢いよく俺に抱き着いてきた。突然の行動に反応できず、バランスを崩して床に倒れこんだ。俺のことを抱きしめたままレナは嗚咽交じりの声を漏らす。


「会いたかった。生きててくれてありがとう。ずっと、ずっと、ずっと、グレンのことを探してたの。でも、6年探しても何の手掛かりもなくて、もう死んじゃったのかなって。もう会えないのかなって。思ってた」


 俺の上に乗っかる形で抱きしめてくるレナを何とか引き剥がそうとするが、想像以上の力の強さでなかなかうまくいかない。俺がレナに覆いかぶさる体制になってやっと引き剥がすことができたが、今度はその体制を今最も見られてはいけない女性に見られてしまう。


「あんた、レナに何してんのよー!」


 ものすごい表情で俺に掴みかかってきて、俺の腹に馬乗りになる。


「ちょ、ちょっとメル!? なにしてるの!?」


 メルと呼ばれた女性はレナの声が聞こえていないのか、馬乗りのまま俺の顔に唾でもかかるのではないかという勢いで声を荒げる。


「レナには心に決めた人がいるって言ったわよね? ここしばらく来てないから諦めたのかと思ったけど、まさか強硬手段に出てくるなんて、あんた最低ね! 衛兵に突き出してやるから覚悟しなさい!」


「ち、違うの! 心に決めた人っていうのがその人なの! グレンを放して!」


「「え?」」


「いや、なんであんたも驚いてんのよ」


「え? でも、レナって彼氏いるよな?」


「いないよ! 彼氏なんて作るわけないでしょ!」


「この前、仲良く並んで歩いていた人は?」


「私が仲良く男の人と歩いてた? グレン以外の人とそんなことするはず――」


「……それってあんたが珍しく昼に来た日?」


「あ、ああ」


「それ、私の叔父さんだわ」


 ちょっと待ってて。メルさんはそう言ってどこかへ消えていった。急な展開に俺は置いて行かれてしまっている。


「グレン、昔と雰囲気全然違うね」


「いろいろあったからな」


 近くにあった椅子に腰かけて互いに無言になる。数分間その状況が続いたが、メルさんが一人の男性の腕を掴んで帰ってきた。それは、あの日レナと一緒に歩いていた人だった。


「この人?」


 どうやら彼はメルさんの叔父らしい。近くで見てみると少し皺もあり若くはない。それに妻子持ちらしい。あの日はたまたま大通りで会って話していただけのようだ。俺は安心したせいか声が出ず、頷くだけしかできなかった。


「レナは心に決めた人がいるからって、今まで一度も男の人と二人きりでの食事すら行かなかったのよ。あんたがしばらく来てなかったのって、私のせいよね……ごめん」


「いや、俺がヘタレてないで早くレナと話してれば良かっただけだ。メルさんは悪くない」


「……じゃあ私帰るわね。レナ、戸締りよろしく」


「あ、うん。ありがとう?」


 メルさんと彼女の叔父は裏から帰っていった。レナはなぜか少し俯いて無言のままだ。そんな彼女をそっと抱きしめる。その瞬間、少しビクッとしたがその後は特に動きがない。


「ごめん。勝手に勘違いして、勝手に避けて」


「……やっぱり避けてたんだ」


「ごめん」


「一か月前グレンに声かけたでしょ? あの時、怖かった」


「ごめん」


「ううん、私の方こそごめん。あの日、グレンの同僚の方が名前を呼ぶまで気付かなかった。幼馴染なのに。私の、想い人なのに」


「仕方ないよ。昔の俺とは全然似てないし」


 一瞬の間を挟んで、俺は今まで一度も言えなかったことを言う。


 12歳の時も言えなかった言葉を。


「レナ、好きだ」


「私も」


「結婚してほしい」


「いいよ」


 答えなんてわかりきったプロポーズ。


 雰囲気なんてへったくれもないプロポーズ。


 それでも俺たちの関係を前に進めたくて。


「キス、して」


 たくさん待たせてしまってごめん。


 初めては唇と唇を触れさせるだけ。でも今の俺たちにはそれでも十分恥ずかしい。体だけ大きくなって、心はまだ昔のまま。そんな俺たちは、これからを共に歩んでいく。

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君の想い人は俺じゃない 好きな天気は快晴 @treeye

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