第3話
翌日、回らない頭のまま訓練をしていたせいで力加減を誤り、アレクをボコボコにしてしまったが、そんなことは今晩の俺の予定に比べたら些細なことだ。
店に行き、昨日と同じ席に座って同じメニューを注文した。注文を繰り返す彼女の顔を観察する。8年も経つと成長して多少は顔も変わるだろう。正直見ただけで100%レナだとは断言できない。
「あの、何か顔についてますか?」
「え? い、いや、ついてない、ですよ。すみませんボーッとしちゃって」
まずい。見過ぎた。彼女は「そうですか」と言って裏に戻っていってしまった。観察なんて遠回りなことせずにさっさと名前と出身を聞けばよかった。
料理を運んできたのは昨日と同じ女性店員。なぜか俺のことを睨んでいるようにも見えるが……気のせいだよな。何も変なことしてないし。
◇
そのまた翌日、訓練と見回りをした後、例の店に行った。今日はちゃんと力の加減が上手くいったので、アレクをボコボコにせずに済んだ。
昨日と同じ席に座り、昨日と同じメニューを頼む。彼女が注文を繰り返した後に名前を聞こうとするが、声が出ない。彼女はそんな俺の様子に気が付かずに行ってしまった。どうしてしまったのだろうか、俺。
料理を運んでくるのは昨日と同じ店員。……やっぱり俺のこと睨んでないか?
◇
二日後。昨日は店の定休日だったので行けなかった。同じ席に座り同じものを頼む。彼女が来て、そして、彼女が戻っていく。一昨日に続いて今日もとなるとわかってしまう。
もしかして俺、ヘタレになっているのか?
8年間女性と話さなかったせいかもしれない。思えば、今の俺と8年前の俺は性格が全然違う。昔はもっと明るかった気がする。でも、こうして毎日通っていればいずれなんとかなるだろう。
◇
いずれなんとかなるだろう。そう思っていた時期が俺にもあった。結論から言おう。店に通い始めて一か月、俺は今だに彼女に名前すら聞けていない。とはいえ、少しずつ前進してはいる。
さすがに一か月も通い続ければ相手も覚えてくれるようで、俺はすっかりこの店の常連になっていた。
「今日もいつものでいいですか?」
「はい、お願いします」
彼女に会うことが目的なので、なにも考えずにいつも同じものを頼んでいる。
「この間、騎士団の制服を着て歩いているの見かけましたよ。騎士団の方だったんですね」
「ええ、まあ一応」
こんな感じで軽く注文の時に話せるようにはなった。だから名前だって少し勇気を出せば聞けるはずなのに。その少しの勇気が出ない。俺は一ヶ月前から変わっていない。
「
変わらないと言えば、料理を持ってくる女性も相変わらず睨みを利かせてくる。
◇
騎士としての職務のない日。それでいて訓練も行わないという本当の意味での休日を月一で取っている。
今日は昼からいつもの店に行こうかと思う。昼なら客も少ないだろうから、こんなヘタレになってしまった俺でも名前くらいなら聞けるはずだ。そう考えて、大通りを歩いていく。
店内のいつもの席に着いて店員を呼ぶ。奥から出てきたのは彼女ではなく、いつも睨んでくる女性だった。
「ご注文は?」
「いつもので。昼はいつもの方じゃないんですね」
「あ?」
「あ、なんかすみません」
料理もその女性が持ってきた。しかし、会計の際、おもわぬ形で彼女の名前を聞くことができてしまった。
「あんた、レナのこと好きなの?」
「え?」
「いっつもレナのこと見てるでしょ」
「あ、えっと……」
「レナは私の親友なの。変なことしたら許さないから」
やっぱり、レナだったんだ。そう思うと、顔が熱くなってくるのを感じた。久しぶりの感覚だ。レナがしっかりと生き延びて、親友もできて、そしてこうして王都で再会できた。奇跡だ。これほどまでに嬉しいことは今までになかった。
だからこそその光景を目にした時、俺の心臓はこれまでにないくらい締め付けられた。
そりゃそうだ。俺はこの8年間女性とほとんど話してこなかったが、レナは違う。あんなに美しい女性だ。たくさんの男からのアプローチもあっただろう。だから、その可能性を失念していた俺が馬鹿なだけなんだ。勝手に期待して、勝手に絶望して。
彼女――レナは、大通りを男と一緒に楽しそうに笑って歩いていた。それはちょっとした知り合いとかの距離感ではなく、心から信頼している者との距離感で、あの頃の俺とレナの距離感ほどではないにしろ、非常に仲が良いことが伺えた。
自室に戻っても何もする気が起きない。ボーッと部屋の片隅で呆けている。
デートだったのかな。いつ知り合ったんだろう。答えなんて出るはずもないのに。初恋を拗らせた俺は、今どれだけ滑稽に映っているのだろうか。
◇
翌日、いつかの時以上に回らない頭で訓練をしていて危うくアレクを再起不能にするところだった。
「グレン、今日はもう帰れ。何があったのか知らないが、一回落ち着いてこい」
たまたま通りかかった団長に止められてなかったらまずかったかもしれない。今日の俺の職務をアレクに代ってもらって自室に戻る。
部屋に戻ったら着替えて店に行く。これはルーティーンになってしまっていたから、気が付いたら店の前に立っていた。まだ昼前で、店内はガラガラだ。俺に気が付いておくからいつも睨んでくる女性が出てくる。
「何? 食べてくの?」
「あ、あの、レナは……どこにいますか?」
つい口から出てしまった。こんなの端から見たらもうストーカーそのものだ。だが気が付いた時にはもう遅い。その言葉を聞いた彼女は、目を吊り上げた。
「あんたねぇ。騎士ともあろう人がストーカー? いい加減にしなさいよ! レナには心に決めた人がいるの。気持ち悪いからもうレナに付きまとうのやめて!」
ああ。心に決めた人がいるのか。もしかしたらあの男はレナと恋仲ではないのではないかと希望的観測もしてみたが、どうやら彼氏だったようだ。
空っぽになった俺はその場を後にし、食事もとらずに自室のベッドに身を投げ出してそのまま意識を失った。店からどのルートで帰ってきたのか。宿舎で誰とどのような会話をしたのか。何も覚えていなかった。
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