信じられるか? これ、授業中なんだぜ?
「えーっと、ここの問題はだな――」
昼食を終えて、学生の誰もが眠気と戦う時間である、午後の国語の授業。
担任の川原先生が教科書の解説を黒板に書くために、俺たちに背中を向けた。
――ヒューン、ポテッ。
――ヒューン、トサッ。
「……」
「こうなるわけだ。ここまででなにか質問はあるか?」
俺は無言で挙手をする。
「お、なんだ。早瀬、なにか分からないことでもあるのか?」
「はい。――俺の今の状況を見て、どうお思いですか?」
この……俺の周りに落ちた、クラスメイトの野郎どもから投げられた紙飛行機と丸められた紙の数々を見て、先生はなにも思わないのだろうか。
俺にはどうしてもそれが分からない。
ついでに玲央にも同じように紙の数々が投げつけられているが、その中で机に突っ伏して寝ている。
メンタルが屈強すぎる。
「ふむ……あまり紙を周りに散らかすな、としか」
「散らかしたの俺じゃないんですけど」
なんで俺が窘められないといけないんだ、おかしいだろ。
「話はそれだけか? なら授業を再開するぞ」
「いやいやいや止めてくださいよ! これ全部脅迫状なんですよ!?」
丸められた紙の1つを手に取って、広げてみせる。
そこには、シンプルかつ豪快な殴り書きで『殺す』と書かれていた。
これがクラスメイトに対する所業か。
「大人気じゃないか」
「どう解釈したらそうなるんですか!」
「殺したいほど愛しているってことだろう。きっと送り主の照れ隠しだな」
「この内容で愛を読み取れってのは無理がありますよ!」
なんなんだ、そのダイナミックすぎる翻訳は。
俺の持ちうる知識を総動員して手紙を読み取っても愛どころか殺意しか伝わってこなかったぞ。
「とにかく止めてください。クラスメイトから脅迫状を投げつけられるなんて不登校案件まっしぐらですよ」
「ふむ、そうだな。これ以上は授業に支障が出てしまいかねん。おい、お前ら、あとにしろ」
「行為そのものは止めてくれないんですね……」
げんなりしながら呟いた。
「すまんな。教師としては止めてやりたいが、私個人としては自分に嘘はつけなかった。正直自分より若い奴らがチャラチャライチャラとしているのを見てると腹が立つ」
おい既婚者。
文句を続けたいところではあったが、俺への攻撃がひとまず止んだわけだし、これ以上授業を中断するのはさすがにマズい。
実際、真面目に授業を受けている女子から感じる俺への視線に冷ややかな圧が混じり始めている。
脅迫状を投げつけられて実害を被っているのは俺もなんだし、このぐらいの文句は許してほしい。
それとなく視線を周りに飛ばして友人たちに助けを求めてみたが、湊はたった今睡魔に負けて船を漕いでいて、司からは苦笑が返ってきた。
相羽さんは瞬きもせずに寝てる玲央をガン見してて怖いし、いのりにはなんとなく助けを求めづらい。
俺から反論がないことを確認した先生が再び黒板に向き直り、授業を再開する。
そのタイミングを見計らって、俺は後ろに座っているいのりの方を向いて、いのりの席の近くまで転がった紙クズを自分の方に寄せた。
「おし、これで終わりっと」
机の周りに散らばった紙を片し、一息をついた。
というかなんで俺があいつらが散らかした脅迫状を俺が片付けないといけないんだ。
「おっつー早瀬ー」
鞄を持った湊が雑なねぎらいを口にしながら近寄ってきた。
「ねぎらうなら手伝ってくれてもよかったんじゃないか? 午後の授業をぐっすり寝て元気な湊さんよ」
「あははーいやーそれはほらーアレじゃん?」
どれだよ。貴様テスト前に泣きついてきてもノート見せてやらんからな。
「そんなことより、このあと暇? どっか寄ってかない?」
「ああ? 暇もなにもこのあとあの脅迫状の送り主どもに引導を渡しにだな――」
『――おい、聞いたか! 田中の野郎が女子校の女の子とこっそりお近づきになってやがったらしいぞ!』
『んだと!? あの野郎、どうやって俺たちの情報網を掻い潜ってそんなことを!?』
『急ぐぞ、今すぐあのカスを脅迫して合コンを組んでもらうんだ。処すのは合コンのあとでも遅くはない』
野郎どもが教室から走り去っていった。
「たった今、暇になったわ」
「そりゃよかった。いのりちゃんも行こっ」
「う、うん。晴花ちゃん、お家はいいの?」
「今日は休みなんだ。お父さん曰く、家の手伝いばっかりして友達と遊べないなんてそんな寂しい青春を送ってほしくないことでさ、適度にこうしてお休みをくれるんだ」
店長は普段はほんとにアレだけど、娘のことに関してはちゃんと想っているらしい。……その娘のことで普段はほんとにアレなんだけど。
「なになに、遊びに行くの?」
「らしいぞ。司も来るか?」
「うん。いいかな、湊さん」
「おけおけー。んじゃ、どこ行こっか?」
教室を出ようとする湊を見て、いのりがあれっと疑問の声を上げた。
「どしたの?」
「いや、雨梶くんと梓ちゃんは誘わなくていいのかなって」
「あー、そうしたいんだけどね。梓ちゃんはさっき用事があるからって断られちゃって」
「玲央の奴は今日はバイトのシフトが入ってるんだよ」
チラリと見てみると、玲央はあくびをしながら鞄を持って立ち上がり、周囲に散らばった脅迫状の山を一瞥し、ふんっと鼻を鳴らしてそのまま放置してこっちに近づいてきた。
こいつマジか。片付けずに帰る気かよ。神経が図太すぎる。
「そういうわけだ。悪いな」
「残念だけど、仕方ないよね。……また今度どこか遊びに行こうね、玲央」
「ああ。またバイトが休みの時にな」
玲央はそう言い残し、先に教室から出ていった。
……マジであのまま片付けずに帰りやがったな。
「んじゃ、あたしたちも行こっか」
「そうだな。行く場所は帰りながら決めたらいいだろ」
どうせいつものショッピングモールになるだろ。
あそこには大抵なんでもあるし。
初恋して秒で振られたら、なぜかラブコメが始まった。 戸来 空朝 @ptt9029
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。初恋して秒で振られたら、なぜかラブコメが始まった。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます