2人暮らしは即座に広まる
「優希人ー、ご飯食べよー」
「あー悪い。俺今日学食なんだ」
憂鬱な月曜の午前中の授業が終わり、小休止の昼休み。
男が食べるにしては小さな弁当箱とそれを包んでいる巾着を片手に持った司が、俺の机までやってきた。
「え? なんか珍しいね」
「去年も片手で数えられるぐらいだったしな」
「なにかあったの?」
今朝は早起きしたが、いのりが俺にばかり弁当を作らせることにいい顔をしなかったので、時折学食で昼を済ませようという話になった。
俺の飯で喜んでくれるのなら作りがいもあるし、全く苦だとは思わないんだけどな。
「――ってことなんだ」
俺は掻い摘まんで、今の状況と今朝の出来事をなるべく小声で司に説明した。
奴らにバレたらなにされるか分からんし、今襲われたら飯食う時間もなくなるし、面倒はない方がいい。
「へえ、2人暮らしかー。大変そうだね」
「今まで一緒に暮らしていた相手が母さんからいのりになったって思えばそんな変わらないだろ」
言ってはみたが、1つ屋根の下に好きな子と2人きりとか童貞にはキツいっす。
司にはいのりのことが好きだとは言っていないので、必死に動揺を押し殺してるだけなんです。
「早瀬ー、今日学食なんでしょ? そろそろ行かないと席が取れなくなるよ?」
司と話していると、いのりを連れた湊が近寄ってきた。
まだ日にちは経っていないが、すっかりと仲良くなったようで俺も安心だ。
やっぱり男子と女子じゃ慣れ方が違うんだろうか? それとも単純に湊のコミュ力の成せる技か?
「だな。話の続きは学食行きながらでも出来るしとっとと行くか」
4人並んで廊下に出る。
そういや玲央と相羽さんはどこ行ったんだ? 教室にはいなかったが。
「おー、お前らどこ行くんだ?」
とか思ってたらトイレの方向から玲央が歩いてきた。
「あ、玲央。僕たち今から学食に行くんだ」
「ほー、珍しいな」
「お前も来るか?」
一応誘いを入れてみる。
「いや、オレはいい。教室に弁当だって――」
「――わたしが玲央のために愛妻弁当を用意してますから!」
「――たまには学食もいいよな。オレも是非同行させてもらおう」
いつの間にか傍に立っていた相羽さんに、もはや脊髄反射と言っても過言じゃない反応を見せた玲央は流れるような動作で身を翻して、俺たちと一緒に歩き始めた。
「玲央ってばどうしてそんなにつれないこと言うんですかぁ!」
「あれを見ろ。もしオレが愛妻弁当なんてもんを食そうと教室を跨いだ瞬間、オレが料理にされるぞ」
玲央が顎で指した方向には、俺たちの教室。
そこには……。
『なあもうあいつ殺っちまおうぜ……! 俺ぁもう我慢できねえよ……!』
『まだだ、奴が1人になる瞬間まで待て。さすがに今から行う所業を早瀬さんや相羽さん、湊に見られるのは気が引ける』
『くっ、女に盾に自分の身を守るなんて……なんて卑劣な奴なんだ……! 絶対に許せねえ……!』
相羽さんの声が教室まで聞こえていたのか、獲物を狩る準備をしている最中のクラスメイトたちがいた。
どうしてまな板とか包丁とかの調理器具を準備しているのかについては深く考えない方がきっと幸せだろう。
あれならどう足掻いてもこいつの処刑は免れないだろうし、俺がわざわざ手を下すまでもなさそうだ。
「それにしても、今日はなぜ学食なのですか? 晴花さんと岬くんはお弁当を持っていますから、早瀬くんといのりさんの付き添いということですよね?」
……今の僅かな時間だけでそこまで見てるのか、大した洞察力だな。
「昨日から両親が出張に行って、1ヶ月の間早瀬といのりちゃんが2人だけで暮らすんだっ――」
「――待て湊! それを言ったらマズい!」
「……ほーう。なるほどねえ」
それを聞いた玲央がにやりと邪悪な笑みを浮かべ、
「えー!? 早瀬と優希人が1ヶ月の間2人暮らしだってー!?」
大声で情報を拡散しやがった。
『おい材料1人分追加だ』
『はい喜んでー!』
『腕が鳴るなぁ……! 今日は挽肉料理パーティだァ……!』
途端に膨れ上がった俺への殺気。これ過去1かもしれん。
「玲央貴様ァ!!!!」
「はっはっはぁっ! これでてめえも道連れだァ!」
「よくそんな躊躇もなく人を陥れる行動を取れるもんだなこのクズ野郎! 恥を知れ!」
やはりこいつは殺っておくべきだったか……!
「はいはいはいはい。優希人も玲央も、ケンカならあとにして。学食の席がなくなってご飯食べるの遅くなったら困るでしょ」
「もはやケンカ自体は止めないんだね……」
「いつものことだからね。この2人はなんだかんだ言っても友達付き合い出来てるわけだし、じゃれ合いの延長線だと思って慣れた方がいいよ」
なんかすげえ気色の悪い言い方をされているような気がするが、聞き直しても俺が不幸になる未来しか見えないので、スルーさせてもらうとしよう。
「それにしても、2人暮らしですか……羨ましいですね……ちらっ」
「ちらっじゃねえよこっち見んな。オレは絶対しねえからな」
「前々から思ってたんだけど、雨梶は梓ちゃんのどこが気にくわないの? 可愛いしかいがいしく尽くしてくれるし、悪いところなんてないように思うんだけど」
「もっと言ってください、晴花さん! ごーごー!」
未だに相羽さんが玲央のことを好きだという事実は受け入れがたいが、それは俺も気になっていたことだ。
湊に問われた玲央は、苦虫を噛み潰して、それが歯の間に挟まって口の中に残ったような顔をして、
「……オレはクラスで5番目くらいの可愛い普通の子がいいんだよ。日常会話で石油王とか単語が飛び出てこない普通の子がな」
「――もしもし爺や? 今すぐ世界中の石油王と縁を切ってください」
すげえ、その単語が平然と口から出てくるのもそうだが、即座に切って捨てるその行動力も半端ねえ。
「ついでに爺やなんて単語が出てくる奴も御免被る」
「――爺や、今までありがとう。あとは自由に生きてください」
それはさすがに俺たちが全力で止めた。
こんなことで職を失う相羽家の爺やとやらがとばっちりがすぎるからな。
途中で色々あったが、俺たちは学食に辿り着いて、各々が昼食を済ませたのだった。
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