最終話 『男はつらいよ』の日



 ~ 八月二十六日(木)

 『男はつらいよ』の日 ~

 ※瘋癲ふうてん

  社会生活からはみ出して、

  ぶらぶら日々を過ごす人。




 人の成長は。

 他者からの刺激に基づくもので。


 俺は、主に既製品から刺激を貰って。

 ここまで育ってきた。


 同世代の友達と接する機会も無く。

 尺度となるのはテストの成績だけ。


 だからきっと。

 近視眼的に。


 俺は、誰よりも優れているんだと。

 そう勘違いしたまま高二になった。



 商売なんか簡単だ。

 夏休みが始まる前。

 俺は、確かにそう思っていたのに。


 軽々と才能の差を見せつけられ。

 しかも、俺が何の商売をする気なのか決まってない事も露呈して。


 ただただ。

 自分を見つめ直す夏を過ごすことになったんだ。



 希望の大学に入って。

 目的が達成されたその時。


 こんな俺が。

 目指す物が無くなった俺が。


 その先、どうなるのかと言えば…………。


「こらフーテン! やることねえなら客寄せしてろ!」

「ぐはあっ!」

「……なんだよ。うずくまったって誤魔化されねえぞ?」



 夢を持って。

 必死に働いてるから。


 毎日。

 がはがは、豪快に笑える。


 俺にとって、カンナさんの評価もがらりと変わり。

 後輩たちにすら引け目を感じる始末。


 そんな敗北者にとって。

 唯一の拠り所。


「みんな、すごいよね……」


 俺と同じような心情でいるであろうこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 今日も、仕事もなく手持ち無沙汰なようで。


 レジカウンターの上にストローから水を落として。

 五匹目のミミズをにょろにょろと伸ばしているこいつのおかげで。


 辛うじて。

 俺はこの場に踏みとどまることができるんだ。


「……まあ、そうだな。みんなには、得意なものがあって凄いと思う」

「にょーーーー!? 褒められたってポテトしか出ませんよ?」

「先輩、よく臆面もなくそういうこと言えますね。はい、どうぞ」

「にゅ」

「どいつもこいつもポテト渡して来るんじゃねえ」


 くすくすと笑う三人は。

 俺の褒め言葉を、話半分に受け取ったようだが。


 こっちが劣等感すら抱いていることを。

 気付かれないのも妙に腹立たしい。


 でも、誰だって自分のことは見えないものか。

 さっき、みんなのことを褒めてた秋乃だって。


 ある意味、どこに出しても即戦力。

 好きな事だけしていても。

 巨万の富が生まれる事だろう。


「……みんなは、好きなことを仕事にするつもりなのか?」

「お? 先輩らしい、堅っ苦しい話ですか?」

「まあ、そうなんだが」

「私はそうするつもりだけど」

「にゅ」

「ぼくもそうだけど……。でも、最終的には三人共同じ夢があるんですよ?」


 へえ?

 共通の夢?


「なにになりたいんだよ」

「お嫁さんです!」


 朱里の言葉に。

 きゃあきゃあと姦しく騒ぐ拗音トリオ。


 なんと言うか。

 さすがは乙女。



 でも。



「……大変だぞ? やりたい仕事があって、お母さんでいなくちゃならないなんて」


 子育ては旦那さんと半々でする物だろうけど。

 でも、なんだかんだ女性の方が仕事が多い。


 そんな当然のことを口にした俺に。

 こいつら、急にぴたりと真顔になると。


「仕事、しませんよ?」

「しないよ?」

「にゅ?」

「は?」

「結婚したら、毎日ゲーム三昧!」

「私もそれが夢だ」

「にゅ」

「うわ最悪な発想!!!」


 そりゃあ、お前らがひきこもりのゲーム大好きトリオだって知ってるけどさ。


「目指すなフーテンなんか」

「目指しますよ! 夢なんだから!」

「それに、ワンコ・バーガー内フーテンの先輩に言われたくない」

「ひでえ!」

「にゅ」

「同意するな!」


 すっかり俺をいじるのが上手くなった三人には敵わん。


 怒ったふりと共に戦術的撤退。

 いつもの店頭に立つと。


「……お前もすっかりここが板についてきたな」


 いつもの右側には。

 フーテンの秋乃さん。


 そんな仲間が。

 俯き加減に、ぽつりとつぶやいた。



「立哉君がなるもの。……分かる」


 え?

 どういうことだ?


 俺が将来就くであろう職業。

 こいつは、それが分かるという。


 俺には貴重な客観視点。

 しかも、好きな相手からの俺の評価。



 この際。

 俺の夢。


 秋乃に決めさせてもいいかもしれん。


「お……、俺は、何になるんだ?」


 人生のすべてが決まるかもしれない瞬間だ。

 自然と、渇ききった喉が唾を飲み下す。


 すると秋乃は、俺の目を見つめて。


 真剣な声音で。

 ぽつりとつぶやいた。



「…………ふうてんおにいさん」

「ぐはあっ!!!!!」


 なんてこった!

 こいつ、俺になんの社会的価値がないと、そう思ってたんだ!!!


 本気で屈した膝に落ちる雫は汗か涙か。

 そんな、すべてをへし折られた俺をよそに。

 秋乃は、店の裏手に回ると。


 その手に沢山、色とりどりの風船を持って戻って来た。


「うはははははははははははは!!!」

「さ、さあ……。良い子のみんな? お兄ちゃんが、風船くれるよ……」


 ……そうか。

 お前の望みならば、俺はなろう。


 みんなに、欲しい色を聞きながら。

 舌っ足らずな子から、ふうてんにいちゃんと呼ばれながら。


 俺は、恐らく今までで一番一生懸命。

 心から楽しみながら。



 自分のやりたい仕事をこなすことになったんだ。





 秋乃は立哉を笑わせたい 第15.5笑


 =気になるあの子と商売を学ぼう!=



 おしまい♪




 ………………

 …………

 ……




 夏休みバイトも終わりを迎え。

 秋乃と同時に店を出て。


 空を見上げる。


 無数に煌めく星々の。

 その中に、一つだけ。


 俺の夢があるとしたら。

 それは、どの輝きだろう。


「こ、今年は、働きづめだったね……」


 そう言いながら伸びをした秋乃も。

 一緒に空を見上げながら白い腕を天へ伸ばす。


 お前は、掴みたい星が見つかっているのか。

 だからそんなに、星のように瞳を輝かせているのか。


「……すげえ働いたし。夏休み最後の二日間くらいゆっくりしてえ」

「あ、じゃあ。いいとこにご招待しようか……?」

「ゆっくりできるのか?」

「うん」

「へえ。どこ」

「…………シークレット」



 行き先を。

 こいつに決められる人生。


 それはそれで。

 楽しそうだな。



 俺は。

 深く考えることなく。



 秋乃の提案に乗っかることにした…………。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秋乃は立哉を笑わせたい 第15.5笑 如月 仁成 @hitomi_aki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ