人権宣言記念日


 ~ 八月二十六日(木)

   人権宣言記念日 ~

 ※優勝劣敗ゆうしょうれっぱい

  環境や境遇にそぐう者や強い者が

  栄え、弱い者が滅びること。




 高校二年の夏休み。


 二度と訪れない時間が。

 俺たち二人に教えてくれたこと。


 結局。

 朱里の真似をしたところでこいつよりレジは上手くなれず。


「ここは大丈夫ですから、他に行ってください!」

「しゅん」


 丹弥の真似をしたところで経営のことなど分からず。


「ここにいても意味ないでしょう。他に行ってください」

「しゅん」


 にゅの真似をしたところで皿はきれいに磨けない。


「にゅ……」

「そ、それは、ここにいてもいいっていうこと?」

「……すげえ邪魔」

「がああああああん!!!」


 どこに行っても邪魔者扱いされて。

 その挙句、ゆあが珍しく会話してくれたというのに。

 内容が辛辣すぎて膝から崩れた。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 安心しろ。

 俺だって同類だ。


 だから、元気を出して。



 大人しく俺と一緒に外へ出ろ。



 ――夏休み限定宅配サービスも終わりを迎え。

 ただの役立たずに戻った俺。


 そんな俺が、これほど健やかな心地でいられるのは。

 チームメイトがいてくれるおかげ。


 朱里が、レジのヘルプが必要ないって言うような状況だ。

 ここはいっちょ、気合いを入れて。

 隣の駅まで続く長蛇の列でも作ってやろ……、ん?


「うわ! どうぞこちらへ! いらっしゃいませ、店内でお召し上がりですか?」


 隣の駅って程じゃないが。

 店の外まで列が出来てやがる。


 秋乃も慌てて三つ目のレジ開けて。

 なんとかさばききったところで、朱里に聞いてみる。


「なんでヘルプ呼ばなかったんだ?」

「いつもあれくらいなら呼ばないですよ? すぐさばけちゃいますから!」

「えっと……、あのな? 二つの意味で良くないから、今後はちゃんと声かけろ」

「二つって?」

「一つは、並んでるお客さん。他の店員さんは、なんでレジ開けてくれないんだろうって思う」

「他の仕事があるかもしれないのに?」

「それよりレジが先だろって思うのがお客さんの心理だろうが」


 ああ、そういえばと頷く朱里は。

 お客さん側の意識がちょっと足りないようだな。


「それと、並んでないお客さんにも影響あるんだ」

「へ? 並んでないお客さん?」

「特に常連さん。行列見たら、今日は他にしようって思って通りすぎちまう」

「…………はあ」


 うーん、分かってくれないか。


 行列を見て並びたくなるのは一見さん。

 常連さんは、真逆に感じるものだ。


 そんな常連さんを大切にして来たから。

 今のワンコ・バーガーは、カンナさんが目を細めるような姿になったんだ。


「まあ、いいや。とにかく、次からは気を付けるんだぞ?」

「はい!」


 俺よりレジ仕事が上手い後輩に。

 恥を忍んで語ってみれば。


 後ろから。

 がっしり首に腕を回された。


「いでで。なんだよカンナさん」

「へっへへ! 先輩面しやがって!」

「いいだろ。先輩なんだから」


 うわ、やな奴に見つかった。

 俺は、からかわれるのを覚悟したんだが。


 返って来たのは意外な言葉。


「お前、やっぱりちっとは成長できたんじゃねえか?」

「こないだは全然ダメとか言ってたくせに。どっちなんだよ、ころころ変わりやがって」

「珍しく褒めてやってるんだ。気兼ねなく受け取っとけよ」

「とは言ってもな。……正直、成長なんかしてねえって思うんだが?」


 いつもなら、何を言われても嫌味で返すようにしてるんだが。

 今日の所は素直になろう。


 ……でも。

 そんな俺の言葉を。


 もう一人。

 否定する奴が現れた。


「成長……、した……」

「いやいや。どこが」

「く、靴を脱いで、待っててほしい……」


 靴を?


 なに言ってんのお前?


 意味も分からず、カンナさんと顔を見合わせて首をひねった後。

 言われた通りに待っていたら。


 秋乃は、更衣室の方から。

 なにやらでかいものを運んで来たんだが。


 その正体は。


「と、等身大立哉君パネル……」

「うはははははははははははは……、は? おいちょっと待て。この、身体全体のへこみはなんだ?」

「これを隣に並べると、ご覧の通り」

「質問に答えろ。拳の形に何発も入ってるへこみの正体を説明しろ。事と次第によっちゃ俺が泣き出すであろうこれのことを」


 女子更衣室からもって来たんだよな、これ。

 大小さまざまな拳の痕について先に明らかにしておかないか?


「こうして比較すると、春先からの成長が……」

「春から殴られ続けてたのかよ。……それとさ、こいつ俺よりでかいじゃねえか」

「あれ?」


 なにが等身大パネルだ。

 いい加減な仕事するなよ。


「縮んだ」

「縮んだ」

「にゅ」

「こらやめろ容赦なしトリオ。ほんとに泣く寸前なんだから」


 丹弥とにゅもレジに集まって。

 三人揃ってクスクス笑っていたかと思うと。


 朱里が、とことこ近付いて来て。


「まあ、それは冗談として。先輩確かに、背、伸びましたよ?」


 自分の頭に手を乗せて。

 俺の胸をチョップしながら比較し始めた。


 でもさ。


「……判定基準どこなんだよ。目安になるとこねえだろ」

「いえ! 確かに五月ごろは、ぼくの背は先輩の乳首の位置と思しきあたりだったはずです!」

「見えるわけあるか!?」

「はっ!? あ、あるいはほんとに先輩の背は縮んでいて、乳首だけが上に移動……」

「バカ言ってるんじゃねえ!!!」


 怖いわそんなの!

 あと、そんな単語連発すんな恥ずかしいわ!


「……いや? もしかして」


 そんな騒ぎの中。

 丹弥がパネルを撫でながら。


 事の真相を見事に暴いた。


「このパネル。……殴られて伸びた?」

「うはははははははははははは!!!」


 おおなるほど、じゃねえぞ女子一同!

 お前らも身長が伸びるほど叩いてやろうか!?


「ぎゃはははは! 傑作! じゃあ、本人よりパネルの方が、人間として大きくなった訳か!」

「おい」

「じゃあ先輩! パネルに地位を奪われたわけですね!」

「今はこっちが先輩?」

「乗るなお前らも」


 カンナさんの言葉に乗っかって。

 クスクス笑いながら、俺の肩に手を置く朱里と丹弥。


「先輩に負けないように頑張るんですよ、パネル!」

「いつか必ず復権することを信じているよ、パネル」

「もうこれ以上伸びる気しねえわ」

「そんなこと言ってたら人間に戻れませんよ、パネル?」

「諦めたらそのうち燃えない日に捨てられちゃいますよ、パネル」

「ああうるせえ! そもそもこんなもん置くな更衣室に!」


 さすがに頭にきて怒鳴り散らすと。

 からかい過ぎたかと、慌て始める女子一同。


 そんな中でも、一番わたわたしていた秋乃が。

 あれこれ悩んだ挙句。

 辿り着いた答えは。



 …………ボディーへの右。



「ぐほっ! …………そんな具合に、毎日楽しんでたんだな?」

「す、すぐに人間に戻すから……」



 そんな秋乃の優しい言葉は。

 四人の悪魔を喜ばせただけ。


 散々殴られてはみたものの。

 当然だが、俺の背はパネルより伸びるはずもなく。


「み、見事に伸びたね……」

「笑えるとでも?」


 レジの隅で、床に伸びている俺に。

 店長が、口封じのボーナス袋を手渡して逃げて行った。


 ……そんな俺の横に。

 ちょこんと腰かけて、お腹に氷嚢を当ててる女がいるんだが。


「…………秋乃。一つ教えろ」

「ん?」

「パネルの横に、もう一つ何かあるだろ」

「………………サンドバッグ」

「うはははははははははははは!!!」


 そうかそうか。

 知らぬは店長ばかりなり。


 俺は、痛むお腹をさすりながら起き上がって。

 これ以上パネルが伸びないよう気をつけねえとと。


 すこし背伸びをして。

 大人な心で反省することにした。

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