川柳発祥の日
~ 八月二十五日(水)
川柳発祥の日 ~
※
自然を題材にして詩歌を作る
夏休みも終わりに近づくと。
やることと言えば皆同じ。
お客さん
カップを掲げて
かんぱーい
国語の宿題に夢中で。
お客さんがカップを掲げるのに合わせて。
慌てて自分の手元にあったカップを掲げ返すこいつは。
そんなおバカさんの代わりに。
お冷やのお代わりを注いで戻ると。
買ったばかりのコーラを勝手に掲げられて。
ムッとしながら出ていくお客さんへ、ペコペコ謝るにゅの姿。
「偉いなお前は。誰かさんと違って」
「にゅ」
「宿題終わってるか?」
「にゅ」
「……偉いな、お前は」
首を真横に逃がしながら頷かれて。
しかも返事は『にゅ』だけとは。
通訳なしじゃ。
どっちかまるで分からんよ。
……まあ、こいつはともかく。
秋乃のヤツめ。
毎日、発明品を自慢げに見せびらかしながらあくびしてやがったが。
夏休みを満喫しすぎなんだよ。
「こら、レジがつかえてるだろ。仕事しろ仕事」
「ま、まって……。あと一句……」
幸い、並んでいた三人の方は皆さん常連さんで。
面白がって、秋乃の代わりに俳句を詠みだしたんだが。
「……三十一点、十五点、十八点」
「なに様なんだお前は」
先生気取りで採点しだした秋乃にチョップ。
代わりに、俺がレジへ入ったところで……。
「休憩終わりました! レジ入ります!」
「待ってましたちょびすけちゃん!」
「待たされて、逆に良かったかも!」
「たしかに!」
朱里が戻って来るなりこの騒ぎ。
しかも、あっという間に三つの笑顔を送り出す手際の良さと言ったら。
「凄いな相変わらず」
「いえ! まだまだ、レジ道を歩き始めたばかりで先も見えないひよっこですよぼく!」
そう言って。
俺を見上げる朱里に言ってやるべきか。
多分、お前に先が見えないのは。
もうゴール地点に立ってるせいだ。
「舞浜先輩、まだ悩んでるんですか?」
「たかが俳句十個で半日かかってるとか……。終わらんぞ、このペースじゃ」
「まあ、それはそれで」
「よかねえだろ」
「ぼくたちと同じクラスになれたらいいですね!」
「たまーに毒吐くよなお前」
てへっと舌を出す悪ガキが。
イタズラの代償にと、俳句を書きだした。
ニイニイに
浮かれミンミン
泣くホーシ
「……どゆこと?」
「夏休みが始まった時は浮かれてたのに、気付けばもう終わるんだなーって悲しむ心情を表してみました!」
「季語は」
「蝉」
「入ってねえだろ」
「どこ見てるんです!? 三匹もいるじゃないですか!」
いや。
プンスコ怒り出しても。
そして秋乃よ。
俺たちのやり取り見て、何かを閃いたって顔して書き始めたけど。
ろくな予感がしねえんだが。
季語つけて
心情書けば
それっぽい
「こら。国語の先生に作戦が駄々洩れだ」
「心が動いた瞬間を切り取った……」
「課題説明の解釈が斜め上なんだよ。ぴんと閃いた時はノーカウント」
「じゃあ、どんな時?」
「もっとこう、嬉しいとか、綺麗とか、寂しいとか、悲しいとか」
「悲しい……」
季語つけて
書いて叱られ
いとかなし
「いずれにせよ季語が入ってないから失格です」
「は、入ってる……!」
「屁理屈か」
分からない
悲しき誤解
立哉くん
「今度こそ入ってねえ」
「かなし『き』、『ご』かい」
「とんちか」
しまいにゃ、分からねえんだよーとか泣き言言いながら。
レジ台に突っ伏しちまった秋乃に、店内一同で大笑い。
そんな中、手をあげたお客さんに。
グーで返すなバカ野郎。
「後出しで負けるやつがあるか。……はい、御用は何でしょう」
「紙と、書くもの貸してくれるか?」
「はい、どうぞ」
「こっちも貸してくれ」
「こっちも」
「…………は?」
そして、にわかに始まった俳句大会。
呆れるばかりだが、まあ、楽しそうだからいいか。
それに。
「ほら、店員さん! こんなのどうだ?」
「こっちもできたぞ!」
「あたしのもあげるから、好きに使って!」
……あっという間に。
二人前の宿題がまかなえる量の俳句が完成したんだが。
秋乃は、それを確認しながら。
二つの山に分けて、一句。
こっちボツ
こっちはいまいち
夏の午後
「こら! さすがに失礼だろうが!」
「ざ、残念な気持ちが上手く表せた……! 宿題完了。皆様のおかげ」
「うはははははははははははは!!! って、笑えるか! 踏み台に使うなご厚意を!」
俺の爆笑も怒り声も無視しながら。
皆さんへ深々とお辞儀した秋乃に。
どれが採用されたのかと質問が飛んだ。
……さすがに知らんぞ俺は。
袖を引っ張るんじゃねえ。
「ど、どうすれば……」
「そのまま発表して、ゴミを投げつけられて来ればいいだろ」
「そんな…………」
ええい、ガチ泣きしそうな顔寄せるな。
悪事に加担したくなるだろうが。
ほんと。
美人ってずるい。
「……まあ、あれだ。いまいちって方の山から適当に選べばいいだろ」
「それ……!」
ちきしょう。
泣いたカラスが、あっという間に花畑みたいな笑顔浮かべやがった。
でも、そんな秋乃が。
ふと何かを閃いたような仕草をしながら。
みんなに、俳句を披露した。
笑みと笑み
優しいひまわり
我見つめ
……なるほど。
優しい笑顔を受けて。
自分も笑顔になれたってことか。
でもそんなこと言われたもんだから。
ひまわりたちは急に照れくさくなったようで。
お日様から顔を背けて。
至る所で俯きだす。
「……ひまわり、しおれちゃった?」
「うはははははははははははは!!! 違うから安心しろ」
礼を言ったつもりなのに、誰からも返事がもらえないもんだから。
今度はお日様の顔が曇りだす。
やれやれ。
鏡みたいな女だな、お前は。
だったら。
「俺がひまわりをもう一度笑顔にさせてみせるから安心しろ」
「え?」
「……ええと、皆様。こいつがさっき作った俳句を発表します」
俺は、必死に抵抗する秋乃が。
床に手をついて謝りだすまでの間に。
ひまわりたちを。
涙がでるほど大笑いさせることに成功した。
でも。
お日様の方は、プンスコ怒ったまま。
一日中、こっちを向いてくれやしなかった。
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