愛酒の日
~ 八月二十四日(火)
愛酒の日 ~
※
酒を美しく表す言葉。
憂いを忘れさせてくれるってこと。
この夏は。
カンナさんと、毎日のようにバトルを繰り返し続けて来た。
その最終戦。
……で、あってほしいいざこざが、今日も行われていた。
「こないだお前ら全員早番だったんだからな! 今日はあたしが早番だ!」
「だからってよ……」
他人んちの駐車場で酒飲んでんじゃねえ。
さすがにどうかと思うぞ?
「わっはっは! 何だその目? バカ妹の招待だから問題ねえだろ?」
「招待したのか? お前」
「どっちかってえとな? 凜々花がおよばれしてっとこ」
もう、この夏は活躍の場がなさそうだと。
細部まで時間をかけて磨いたばかりなのに。
そんなバーベキュー台を勝手に引っ張り出して。
やたら高そうな肉を豪快に焼くカンナさん。
今日は配達が少なくて、久しぶりに店頭に出る俺に見せつけるように。
すきっ腹にこたえる香りを、わざわざ送風機で送りつけてくる。
「ほれ凜々花! バカ兄貴に見せつけるように食え!」
「よしきた! あーんぐっ!」
高級肉を、何枚も何枚も。
焼ける端から、凜々花の皿にほいほいと乗せていくところを見るに。
自分は食べたいわけじゃなくて。
本気で俺に嫌がらせしてるだけらしい。
「うんめ! 肉がドリンク!」
「だろ? もっと食え食え!」
「……凜々花。お前は今までの十分で、俺の二日分の給料飲んだことになるんだぞ?」
「マジで? そりゃうめえわけだ……。としとったらさ、すげえ貯金必要って言うじゃん?」
「また、話が直角に向き変えるねお前は」
「歯が無くなって、こんな肉しか飲めなくなるから金かかるの?」
「毎食それ飲んでたら一年で体壊すわ」
確かに、としよりは脂っこいもの摂取しろと言われるが。
そこまで脂ばっかり食ってたら医者からラリアートされるわ。
俺は、そんなことを考えながら。
再び腹を鳴らすのだった。
――今日、俺は。
昼飯を食ってない。
いつものように、休憩時間。
まかないを待っていたのだが。
「お、お疲れ様……。今日も暑いから、アイス持って来た……」
「さんきゅ」
そう言いながら、カップに入った牛乳のような物を手渡すこいつ。
休憩時間が終わるまで。
なにも持って来てはくれなかったのだ。
「再三聞くが……」
「うん」
「どうしてまかないを作らなかったのか。その理由をもう一度聞いて良いか?」
「飽きたから」
……思えば。
秋乃が勝手に勘違いして。
俺の夢を応援するためにまかないを作ると言い出したのがきっかけだった。
そんなふりだしだから。
俺は、文句ばかりつけて褒めてやったことが無かった気がする。
それがトリガーなんだろう。
秋乃が、あっという間に料理に飽きたのは。
将来の秋乃の旦那よ。
すまん。
だが、一つだけ安心してくれ。
こいつの魅力は。
料理しねえ分を差っ引いてもまだあまる、この面白さ。
「なぜ液体?」
「アイスのはなし?」
「そう。かつては違う土地でそんな名前で呼ばれていたこいつの話だ」
「高級品にした…………」
首をひねったその瞬間。
駐車場から、なぞなぞの答えが響き渡る。
「ほんと高級肉うめえ! ぐびぐび飲める!」
「うはははははははははははは!!!」
そうだった。
カンナさんが上がる前に、肉を見せびらかしながら自慢げに話してたんだ。
高級だから。
飲めるほど溶けるんだって。
仕方が無いから。
高級アイスを飲み干すと。
秋乃は、ぼけっと。
カンナさんの方を見つめて黙り込む。
「相変わらず、ボケたんだか真面目なんだかわからねえ奴だよ」
俺の言葉にも無反応。
そんな秋乃が、カンナさんに呼ばれて。
高級肉を口に詰め込まれて大はしゃぎ。
やれやれ。
ほんとに俺だけへの当てつけだったんだな。
「自分は食わねえのな」
「そうだぜ? お前の渋い顔肴にして酒飲む方がうめえからな!」
「……そんなに飲んで平気かよ? 俺たちが上がった後、レジに入るのカンナさんだろ?」
「いや? 店長が一人で全部やることになるな」
「ひでえ」
「ひどかねえよ。昔は一人でやってたんだから。それに……」
カンナさんは、ほろ酔いの半目をワンコ・バーガーに向けると。
急に嬉しそうに。
頬を緩めて語りだす。
「丁度いいんだよ。たまには外からこの店眺めねえと」
「……掃除しなきゃとか?」
「もちろんそれもあるけど……、あれ?」
「なんだよ」
「お前、変わったかもって思ってたけど。……分かってねえの?」
「は? 何の話だ?」
意味の分からんなぞかけに。
俺が、お望み通りの渋い顔していると。
カンナさんが。
なんだそうかと笑い出したんだけど。
脈略ぐちゃぐちゃ。
これだから酔っ払いは嫌だ。
「たまには外から見るって。カンナさん、結構外に出てるじゃねえか」
「仕事で出てるんだ。こんな具合にのんびり見てる余裕ねえよ」
「…………ほんとに仕事か?」
「そうだぜ? おいバカ浜。これ持って行ってやれ」
酔っぱらいに、何かを手渡された秋乃が持って来たもの。
それは、カンナさんのスケジュール帳だった。
「見ていいのか?」
「おお。あたしは今、気分がいいからな」
いつもは、絶対覗くなとか言ってる分厚いシステム手帳。
俺は留め具を外して、しおりの挟んであるページを開く。
すると、一緒に覗き込んでいた秋乃の方が。
俺より先に、俺が思った事をそのまま口にした。
「打ち合わせがいっぱい……」
うん。
ウソじゃない。
以前、経営に必要なものって話をした時。
ガキ扱いされたことを思わず思い出す。
仕入れ打ち
内装打ち
町内会打ち
…………
…………
右投げ左打ち?
「うはははははははははははは!!! おいこら! 草野球の理想形が混ざってるぞ!」
「ああ、それか。店長が少年野球のコーチやっててな? その日だ」
「へえ。意外」
「すげえ教えるのうめえんだぜ? 惚れ惚れする」
「…………へえ。意外」
惚れ惚れって。
いつもあほんだら叫びながら蹴飛ばしてるくせに。
しかし。
なるほど。
外から眺める。
カンナさんがそう言った言葉の意味が。
この手帳を見て。
ちょっと分かった気がした。
「……客観的に。世間の中で、ワンコ・バーガーがどう見えているかってことか」
「そうだな。手塩にかけて毎日育ててる我が子だ。みんなに愛される存在になってもらいてえ」
そう言いながら。
三缶目を飲み干したカンナさんは。
キャンピングチェアーに身を沈ませて。
再び、まどろむような目で我が子を見上げる。
昨日話してた、三割の売り上げ。
それを誇ってどや顔してたカンナさん。
あなたに、俺は。
ひとこと伝えねえわけにはいかなくなった。
「なあ」
「ん?」
「そうやって外から眺める前に、内側をもっとじっくり見つめねえといけねえんじゃねえのか?」
「どゆこと?」
「八月二十四日十七時。融資打ちって書いてある」
……その日のローカルニュースで。
ワンコ・バーガー近辺から発生した正体不明の爆音の正体がUMAじゃないかと取り上げられ。
こんな宣伝方法もあるのかと。
俺はまた一つ、経営の深さを学ぶことになった。
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