第一話 ゲームの世界に転生したら、家族がピンチです (2)

「うん、しょ」

 足にぐっと力を入れて、一生懸命にベッドへ上がろうとする。

 手でしっかり掛け布団のシーツをつかんで! 全身よ! 全身に力を入れて!

 そうして、なんとかベッドにいのぼって、はふぅと大きく息を吐く。

「あいてみゅ、ぶぉっくちゅ」

 アイテムボックス!

 現れたアイテムの中から、視線で【回復薬(神)】を選ぶ。個数は一つ。そして──

「けってぇい!」

 その言葉と同時に【回復薬(神)】の瓶が私の両手の間に現れた。私は慌ててそれをつかむ。

「お、おみょい……」

 重い……一歳にはちょっと重いかもしれない……。回して開けるふたもついていたが、一歳にはちょっと固いかもしれない……。

 でも、めげない。この日のために、歩行訓練、発語・発声訓練のほかに、把持訓練もしたのだから……!

 ベッドの上に座り込み、膝の間に瓶を固定する。そして両手でしっかり蓋を持ち、ぎゅうっと右に回す。すると──

「あいたぁ!」

 開いた! 開きました!

 思わず、ふわぁ! と声を上げる。しかしその瞬間──

「ふあぁ──っ!」

 膝の間に固定していたはずの瓶が斜め前に傾いていく。

 急いで手を伸ばしたけれど、重い瓶を支えることはできず……。

 バシャーッ!

 大好きなゲーム世界に転生した女子高生。現世の名前、レニ・シュルム・グオーラ。レベルカンストした最強一歳児の、異世界最初の試みは──

 ──父のベッドを水浸しにすることでした。

 ……。がっかりだ。自分にがっかりである。

 父を助けられると意気揚々と【回復薬(神)】を取り出したのに、全部こぼしてしまった……。

 こんな、こんな絶望ってある?

 ただ、父をびしょびしょにし、母の仕事を増やしてしまっただけだなんて……。

 でも、私はめげていない。

 なぜなら、こんなことはゲームでは日常茶飯事だからだ。一度の失敗でくじけてはメインクエストは前に進まない。倒せないボスがいるのなら、レベルを上げてまた挑戦すればいい。

 それにこの失敗から、おもしろい結果を得ることもできたのだ。

「今日は体調がいいの?」

「ああ。ずっと寝たままでいて、レニにまた水をかけられてはたまらないからな」

「そうね。昨日はびっくりしたものね」

 なんと、昨日まで寝たきりだった父が、今日はベッドに体を起こし、座った状態で母と会話をしているのだ。

 こうして父が体を起こせたのはどれぐらいぶりだろう。母の目に涙が浮かんでいる気もする。

 私はそんな二人の様子を見ながら、ふむ、と考え込んだ。

 これはどういうことだろう。

 やはり【回復薬(神)】の力が効いたと思うのが正解ではないか。

 つまり、回復薬は経口で効果を発揮するが、経皮でもそこそこ効くということなのでは?

 ただ、やはり効果は少なくなるから、一瞬で全回復するはずのものでも、これぐらいの効果しかなかったのだろう。

「ちゅかえる」

 これは使える。

 父にこっそり服用させるために、寝ているときに飲まそうと思っていたが、よく考えてみれば、寝ているときに飲ますのは難しいと思う。

 びしょびしょにするのはなしだが、すこしずつ肌に塗る感じにすれば、こっそりと父を治すことができるのでは……?

 我ながらナイスなひらめきに、思わず、くすくすと笑ってしまう。

「レニ、なにかいいことがあったの?」

 いつも美人な母、ソニヤ。最近はすこし疲れが出てきたように見える。

 そんな母が私を見て、そっと頭をでた。

 大丈夫。私におまかせあれ! 父を元気にし、母の疲れを吹き飛ばしてみせましょう!

 ……と思ったんだけど。


   ~試し読みはここまでとなります。続きは書籍版でお楽しみください!~

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【書籍試し読み版】ほのぼの異世界転生デイズ ~レベルカンスト、アイテム持ち越し! 私は最強幼女です~ 1 しっぽタヌキ/MFブックス @mfbooks

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