第一話 ゲームの世界に転生したら、家族がピンチです (1)
人はいつか死ぬ。
でも、それがクリスマスだとは思わなかった。すごくワクワクしたまま死んでしまった。明日を夢見て死んでしまった。ゲームをもっと堪能したかったのに……。
でも、まあそれは仕方ない。ゲームでは死んでも生き返るが、現実では生き返らないのだから。
が、転生するということはあるみたいで──
「かわいい女の子ね」
「ああそうだな」
私は前世のひきこもり女子高生の記憶を引き継いだまま、新たな生を得ていた。
要は生まれ変わり。
どうやら赤ちゃんになっており、体がまったく意のままに操れない。手をぐーにするだけで精いっぱいだ……。
五感に関しては、普通の赤ちゃんより成長しているようで、はっきり聞き取れるし、目も見える。味も感じるし、触感もある。
私を抱き上げる母は、それはそれは美しい人で銀色の髪をまとめ、青い瞳がきらきらしていた。
母に比べれば、父は平凡な顔をしていた。茶色の髪に金色の目なのだが、この目はすごくきれいだと思う。
そんな私は母譲りの銀髪と、父譲りの金色の目。全体的には母そっくりという、将来は美人まちがいなし! という造形で生まれていた。
そう。まるで私が大好きだったゲームのキャラクターそのもの。
もちろん、今の私はまだ赤ちゃんなので、ゲームで使っていたキャラの姿ではない。あのキャラクターが赤ちゃんであれば、こうだったのだろう、と想像できるような感じだ。
成長すれば、間違いなく、私が使用していたキャラクターになるだろう。
──もしかして。
──私の大好きな、ゲームの世界に転生したのではないか。
その予感は確信に変わる。
最初は赤ちゃんでなにもできなかった私も、なんとかつかまり立ちを覚え、一人で歩けるようになった。
女子高生の記憶と、しっかりした五感を持っていたが、筋力などの体の成長は一般的な赤ちゃんと変わらなかったようだ。
日々、練習を重ねた一歳ごろ。発語もなかなか難しくて、ダーとかアーばかりを言っていたが、ついにこれを発声できるようになったのだ!
「ちゅてーたちゅ!」
ステータスね! ステータスって言ってるからね!
サ行の発音については、おいおい練習するとして、今はその発声でなにが起こったかが大事だ。
「ふわぁ!」
『ステータス』の言葉に反応して、いきなり目の前にブォンと見慣れたあの画面表示が現れた。思わず声を出して喜んでしまうのも無理はないだろう。
そこにはこう記されていた。
・名前:レニ・シュルム・グオーラ
・種族:エルフ
・年齢:1
・レベル:999
なんと! レベルがすでにカンストしている……!
この他にも体力値や魔力値などの細かい値があるけど、それもカンスト済み。さらに、両親は人間のはずなのに、ゲームと同じように、種族がエルフになっている。これは、転生前にやり込んだゲームのステータスそのままだ。つまり──
「でぇーた、ひきちゅぎ」
前世のゲームデータが引き継がれ、現世に持ち越されている……!
一歳から、すでに最強。
これなら、もしかして──
「あいてみゅ……ぶぉ、ぶぉっく、ちゅ」
アイテムボックス! アイテムボックスって言ってるからね!
『ボ』の発音については、またおいおい練習するとして、今は目の前で起こったことが大事だ。そう。こちらもちゃんと引き継ぎされていたのだ。
ずらずらっと並ぶアイテム。その数はほとんどすべてカンストしていた。
一歳から、すでにこの世界のすべてのものを手にしている気がする。
「ふわぁ……」
思わず感嘆の息を漏らす。
──ここは私が大好きなゲームの世界で、前世のデータそのままに転生したのだ。
そうと決まれば、やりたいことはただ一つ。
「たび、でりゅ!」
旅に出る!
──すごくきれいだった【涼雨の湖】。
CGで表現された抜群にきれいな水面は、実際に見ると、どんな色をしているんだろう。
──クリアするのに時間がかかった【透写の森】。
こちらをトレースして能力を真似てくる敵は、実際に
──マップが毎回変わる【変転の砂漠】。
乾いた風と舞い散る砂は、実際にはどうやって地形を変えているんだろう。
全部見たい。全部知りたい。思う存分、この世界を堪能したい。
画面越しに見るだけだった、大好きな世界を五感で受け止めたい。
一歳にして最強なのだ。前世と同じようにソロでこの世界を巡っても、きっと困ることはないだろう。この世界での生き方は、前世の女子高生だった世界より、よっぽど心得ている。
──ワクワクする。
死ぬ前に感じたあの興奮が
──どこかに【宝玉】があるかもしれない。
私は一つしか探せなかったし、アイテムの効果を確認することもできなかった。
この世界にも、【宝玉】がある可能性はあって……。
思わず、くすくすと笑ってしまうと、もたれていたベッドの木枠がギシッと鳴った。
「レニ……?」
その音に反応したのか、ベッドで寝ていた男性が声を上げる。
弱々しい声。その人は、現世で私に与えられた『レニ』という名前を呼んだ。
「ちゃんと……いるか?」
「ぱぱ」
「……いるな、ら……いい……」
私がうんしょ、と立ち上がれば、ベッドに寝ていた男性──父は苦しそうにすこしだけ目を開けた。
その顔色は悪く、息も絶え絶え。
父は私と目が合うと、できるだけ笑おうとしたのだろう、口元をちょっとだけ上げたあと、すぐに目を閉じる。
そんな父の様子に、私は興奮を一度置いて、その顔をじっと見た。
──父であるウォードは病気にかかっていた。
しかも、私が生まれてから、容態はどんどん悪くなっている。
父は私が生まれたときは元気だったし、産後でまだ動けない母と私を気づかって、せっせと働いていた。腕のいい猟師らしく、やれ大きい魔物を狩っただ、いい肉が手に入っただと言っては、母に「あらあら」と笑われていたのだ。
でも、私が生まれて一か月ぐらいのときに魔物の狩りに失敗したらしい。
これまで元気だった父は床に
私はまだ赤ちゃんだったが、そこは前世ひきこもり女子高生。普通のこどもを育てるより、簡単だったであろう子育ては、父がなんとかしてくれていた。
そして、私ももう一歳。父の容態は軽快することなく、むしろ悪化していることが見てとれた。
母は父に薬を買うため、家族を養うため、朝から夜まで働きづめだ。
朝早く起きて、村のパン屋の手伝いに行く。帰ってきて、朝食を作り、父と私に食べさせたあとに洗濯。畑の手入れをしたあとは、早めの昼食を作り置いて、自分はすこし遠くの街まで徒歩で行き、そこの宿屋で夜遅くまで働いて帰ってくる。
正直、こんな生活を続けたら、次は母が倒れてしまうと思う。
というわけで。
「せいかちゅ、と、とにょ、えりゅ」
生活を整える、ね! 生活を整えるって言ったから!
旅に出る前に、父と母が仲良く平和にほのぼの暮らせるような環境を整えたい。
私は安心して旅に出るのだ。
そうと決まれば、どうやって環境を整えるかだが、それは一歳にして最強の私にかかれば、造作もない。
・父にこっそり【回復薬(神)】を飲ませる
・畑にこっそり【肥料(神)】を
完璧である。
これまではステータスを出せず、歩行訓練と、発語と発声練習に日々を費やしていたが、こうしてステータスを出せて、アイテムボックスも使えるようになった私に敵はない。
【回復薬(神)】はどんな状態異常も治せるし、体力値が1になっても、全回復できる。
ゲーム内の回復薬のアイコンは瓶で、使用モーションはそれを口に運んで飲み干していたから、この回復薬を父に飲んでもらえば、すぐによくなるだろう。
問題があるとすれば、この力をあまり人には見せたくない、ということだ。
これまで父母と暮らしているが、『ステータス』なんて言っているところを見たことがない。もちろん二人が家で使わなかっただけかもしれない。
が、ステータスやアイテムボックスが使えるのは私だけのような気がする。私の勘がそう言っている。
なので、あくまでこっそり。こっそりと父を治す。
さらに、父を治した後は、畑に肥料を撒こうと思う。これは、今後の生活のためだ。
父がまた猟師をしたいのであれば、それでいいと思う。が、やはりまた
パン屋で働くといっても短時間で、それだけでは生活は成り立たないし、かといって、街に働きに行くのも、遠いから効率的ではない。
やはり、この家と土地(畑)を使うのがいいと思うのだ。
【肥料(神)】を畑に撒けば、そこからS素材がざくざく採取できるようになる。SS素材もかなりの確率で出る。芋やにんじんなんかのC素材も生産効率が上がるので、自給自足するにもいいだろう。
ゲーム内の肥料のアイコンは、布袋になにか土っぽいのが入っており、使用モーションは袋の中の土っぽいものを撒いていた。だから、肥料を撒けば、裏の畑は大豊作間違いなしだ。
こっそり。こっそりと撒けばいい。
今後の計画を立ててから、もう一度、父の顔を見る。
弱い呼吸で胸を上下に動かしている。浅く早い呼吸。きっとすごくしんどいのだろう。
大丈夫。私におまかせあれ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます