服飾魔導工房 (3)
「では、よろしくお願いします!」
「任せとけ!」
一度昼食で休んだ後、ルチアと技師達との打ち合わせが終わった。
ありがたいことに昼食は服飾ギルドがランチセットを出してくれた。レストランで出てくるようなお
技師達とヘスティアと自分、四人でテーブルを囲んだ。
サンドイッチは見た目だけではなく、具の多さも鮮度も味付けもよかった。
幸せに味わって食べていたら、同席していたヘスティアが、フルーツサンドを分けてくれた。親切な人である。大好物なので笑顔で受け取った。
そうして午後はさらに頑張り、靴下編み機と手袋編み機を、五本指靴下向けに改良する案を固めた。
一台での
また、足の指の形は個人個人でかなり違うので、今後はそのあたりの分化・調整も必要になるだろうと話し合った。
技師二人は、ルチアが渡した五本指靴下を早速履いて帰った。
なお、『そのうちファーノ工房に父親の見舞いにひそりと行くので、なんとか多めにお願いできないか?』と聞かれたので、『研究用にお渡しします』とこそりと答えた。大変に喜ばれた。
これで、父が倒れたことを心配してくれた件については、早めに恩返しができそうである。
その後、ヘスティアもまだ現在の仕事の引き継ぎがあるとのことで、部屋を出ていった。
部屋に残ったルチアは、メイドを横に業務報告書を書き始めた。フォルトに提出するためだ。
幸い報告見本も付けられていたので迷うことはないのだが、かなり緊張した。
書き終えて、フォルトに直接持っていくべきか、忙しいところを邪魔せぬよう、メイドにことづけるべきかと考えていると──ちょうど本人が入ってきた。
「ルチア、こちらの打ち合わせは済みましたか?」
「はい、先ほど終わったところです。こちらが報告書です」
インクがまだ乾ききっていない業務報告書に、フォルトはすぐに目を走らせる。
「編み機は技師の方の試作機が上がり次第、確認と致しましょう。ルチア、明日からは縫い子の指導をお願いします」
「わかりました」
「あと、今日はこれから服飾魔導工房開設の準備にお付き合いください」
土地は確保したと言っていたが、やはり物件か、それとも倉庫の話だろうか。
自分はただただ聞くだけになりそうだが、覚えられるかぎり覚えたいものだ──そう思いつつ、フォルトと共に部屋を出た。
服飾ギルドの馬車の窓から見える路面、石畳が茶色から灰色に変わっていく。
北区の貴族街に入ったことを理解し、ルチアは背筋を正した。礼儀作法のわからぬ自分がフォルトに迷惑をかけるのではないか、それだけが心配である。
「着きましたね」
「ここは……?」
連れてこられたのは水晶ガラスの向こうに、艶やかな赤や黄のドレスが見える店──どう見ても貴族向けの高級服飾店である。ルチアではドアを開けることすらできぬ場所だ。
しかし、見学の機会は逃したくないので、ありがたく同行させて頂くことにする。
もしや、ここにも服飾魔導工房にスカウトしたい方がいるのだろうか、そう思いつつ、エスコートを受けた。
「ようこそ、ルイーニ様。本日は
「服飾ギルドの工房長の一人です。王城の出入りも予定しておりますので、それに見合ったもので、本日中に調整のつく服を見せてください」
「わかりました。すぐお持ち致します」
ルチアはその場に固まった。
「王城の、出入り……?」
「ああ、魔物討伐部隊への納品のときに置きに行くだけです。私も行きますので何も心配はありませんよ」
フォルトは『置きに行くだけ』かもしれないが、ルチアにとって王城は雲の上、別世界の場である。貴族街の今ですら心臓がばくばくいっているのに、どうすればいいのか。
そして続く言葉にさらに困惑した。
「好きなものを選んでください。すぐ補正をかけさせますので」
「はい……?」
「こちらなどはいかがでしょうか?」
店員が二人、キャスター付きのハンガーラックに多くの服をかけてきた。
憧れが山となってそこにあった。
白い薄手の上着と組み合わせた、爽やかな青みのシルクワンピースは、ややタイトなラインで仕事ができる女性のイメージだ。
ただ、自分にはちょっと大人っぽすぎる。ヘスティアの方が似合いそうだ。
薄い
この色合いと形であれば、むしろ友人のダリヤに似合うだろう。
それにしても、どれもこれも高級品で、手で触れることもためらわれる。値札がないのも余計に緊張する。
「これと、これも似合いそうですね」
フォルトはざっとハンガーラックを見ると、二着をテーブルに並べた。
サマーブルーの上質なワンピースにレース飾りがついたもの、同色の上着は背中側にリボンがついていた。
次はアイボリーのツーピースでスカートは長めのフレアー。レース織りの上着を脱げば半袖のブラウスでばりばりと仕事ができそうだ。
上品でちょっとだけかわいく、それでいて動きやすそうな服。なんともフォルトの見立てはすごい。
「では、この二つの試着を。あとは今、着ている服と同じ型をシルクで仕立てましょう。型紙があれば貸してください。もちろん、デザインの守秘は厳守させます。ただ、スカート丈はあと四センチ長く──今の丈が魅力的ではあるのですが、王城のソファーは少々沈み込みが深いので」
立て続けに言われ、ルチアははっとする。
きれいさとかわいさに呑まれていたが、一番の問題があるのだ。
「フォルト様、あの、できましたら来月以降に……」
値札がなくてもとても高いのはわかる。給与が出ないうちには絶対に無理である。
いや、もしや、服飾ギルド員は分割払い可能などという特典があるのだろうか。そうであればよいのだが──
「すみません、ルチア。本来であればすべて自分でデザインしたものを着たいだろうとは思いますが、今回はこちらでそろえさせてください。魔物討伐部隊長は侯爵ですので、一応ドレスコードに近い決まりがありまして……」
本当に申し訳なさそうに言うフォルトに、ルチアは慌てた。
「いえ、とても素敵な服だと思います。ただ、私にはもったいなく──」
服飾の仕事をすれば絶対に汚れるのだ。考えるほどにどうにも気がひける。
「もったいないものですか。私のデザインした服を、これから服飾魔導工房長となるあなたが着てくれる、それだけでいい宣伝になります。広告費と思ってください」
くらり、
フォルトのデザインというのには納得したが、実用性ときれいさを完全両立させているのがすごすぎる。かわいさ優先で動きづらくなりがちな自分のデザインをもっと煮詰める必要がありそうだ。
それにしても、自分はそういった広告塔向きではないと思うが、新設の服飾魔導工房長という肩書きは確かに目をひくのだろう。大切に、借り物と思って着よう。
明日からは着こなしにヘアスタイルにメイクに──一切手が抜けなくなりそうである。
ルチアは乾いた笑いを浮かべつつ、試着室に向かって足を踏み出す。その背に声が続いた。
「こちらが済んだら、護身用の腕輪かペンダントを合わせましょう」
「護身用、ですか?」
思わずフォルトに向き直った。
「ええ、ギルド内で魔物素材に触れることもありますから。万が一に備え、防毒、防混乱など一式入れた魔導具を、役職付きは皆付けております」
確かに、魔蚕に魔羊の布などもある。それに服飾魔導工房で扱う靴の中敷きはグリーンスライムの粉。魔物素材は意外に多そうだ。
「服飾ギルドから支給致しますので、腕輪かペンダント、ご希望はありますか?」
「ペンダントでお願いします。腕輪は作業の邪魔なので」
若い女性の間では婚約腕輪への憧れからか、細い腕輪がアクセサリーとして
しかし、ルチアの左手首は基本、ピンクッションの定位置である。針の抜き差しをするのに、腕輪など邪魔なだけだ。
「わかりました。魔法を付与するので、石は基本白ですが、ペンダントらしい色石にすることもできますよ。ご希望の色はありますか?」
似合いを考えるならば、髪に合わせた緑、もしくは目に合わせた濃い青が無難だろう。でも、どうもそれは心が弾まず──
だが、勇気の出る色なら一つある。
「空色でお願いします!」
~試し読みはここまでとなります。続きは書籍版でお楽しみください!~
【書籍試し読み増量版】服飾師ルチアはあきらめない ~今日から始める幸服計画~/甘岸久弥 甘岸久弥/MFブックス @mfbooks
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