100億円を1ヶ月間キープするだけ

ちびまるフォイ

お金の呪縛

「妹の手術代にどうしても、どうしてもお金がいるんです」


「では100億円をお渡ししましょう」


「ひゃ、ひゃくおく!? そんなにいらないですよ!」


「100億円あげるわけではありません。

 あなたは100億円を1ヶ月の間持っていてください。

 1ヶ月後、100億円からあなたの好きな金額をあげましょう」


「は、はぁ……」


「ではそういうことで。100億円はこちらです」


テーブルのうえにはいくつものカバンが置かれた。


「いいですか。くれぐれも100億円には手を付けないように。

 1円でも使ってしまったら、この話はなかったことになります」


「つ……使うわけないじゃないですか」


目の前に大金を広げられてもお金を使う気にはなれなかった。

お金は自宅へと運ばれた。

明らかに部屋と不釣り合いなお金が鎮座している。


この日からお金を守る日々が始まった。



翌日、家のインターホンが鳴らされて目が覚めた。

寝ぼけながら玄関に出ると男が立っていた。


「よお、久しぶり」


「……え、誰?」


「覚えてない? 同じクラスだった山田だよ」


「……?」


「まあ無理もないよな。もう20年も前だもん」


「それでなにか用……?」


「用ってほどじゃないんだけどさ、たまたま近く通ったから」


近くを通ったから20年前のたいして仲良くない同級生の家を訪ねるだろうか。


「なにかやばい勧誘じゃないだろうな。宗教とかマルチ商法とか……」


「あっははは。そんなんじゃねぇよ。単に遊びに来ただけだよ。

 ……あれ? 佐藤?」


「おーー山田じゃん。なんでここに?」


「たまたま近く寄ったから」


見ると、また同級生が自分の部屋にやってきた。

佐藤に山田。どちらも特に仲良くなかった同級生。


「なぁ、佐藤もきたことだしどこか遊びにいかね?」


「いやいいよ……」


「予定でもあるの?」

「ないけど」


「じゃあいいじゃん。お互いに積もる話とかあるだろう」


変にぐいぐいくる姿勢に違和感を感じた。

その瞳は俺ではなく、なぜか家の中を見ているようだった。


まさか。こいつら俺がお金を預かっていることを知っているのか。


「とにかく! 俺のことは放っておいてくれ!」


ドアを強引に閉めてチェーンをかけた。

今度は電話がかかってきた。


『もしもし? 私アケミ。覚えてる?』


「……いや、誰……?」


『えーひっどーい。こないだ一緒に飲んだじゃん。

 なんかぁ、あなたのこと忘れられなくって電話したんだけどぉ。今何してるの?』


「いや別に……」


『じゃあさ、遊びに行こうよ。いいでしょ?』


「ひとつ聞いてもいい?」

『いいよーー』


「……なんで今まで連絡してなかったのに、急に電話してきたんだ?」


『単に連絡し忘れてただけだよ』


電話を切ると、また違う人から電話がかかってきた。

さっきからアプリの通知も止まらない。


その内容はどれも同じでどういうわけか俺を遊びに誘う内容ばかり。


「こいつら全員……俺の金をあてにしてるのか……?」


どこでどう自分の情報が知れ渡ったのかわからないが、

100億円持っていると聞いておこぼれにあずかろうと考えているに違いない。


そうでもなければ遠縁の人がわざわざ訪ねる理由がない。


「どうしよう……あいつらが訪ねて来たってことは、すでに自宅もバレてる。

 強引に入られたらどうしようもないぞ……!」



寝ている間に窓を割られて入られたら。

ドアだってその気になればかんたんに破られるだろう。


金庫を用意して保管するのはどうだろう。

いや、家に入られて自白剤でも飲まされたら意味がない。


「そうだ……いっそ盗まれたことにしよう」


みんな俺のもとへやってくるのはここにお金があると思っているから。

そのお金が他の人の手によって奪われたとすれば、お互いに潰し合ってくれるかもしれない。

少なくとも、俺のもとへお金をせびりに来る人はいなくなるはずだ。


三日三晩考えて、自分のお金が盗まれるシチュエーションと架空の犯罪者像をでっちあげた。


作り上げた架空の犯罪劇に沿ってお金が盗まれたように演じる。

これみよがしに盗まれたアピールをSNSでもそれとなく匂わせた。


効果は驚くほど出た。

もう俺の家にやってくる人はいなくなった。


「やった! 作戦大成功だ。これで静かに残りの時間を過ごせそうだ」


預かり期限の1ヶ月は折り返し地点に差し掛かろうとしていた。

盗まれるのが怖くてろくに寝れなくなって、体力の限界も迎えていた。

架空の泥棒により今日はよく眠れそうだ。



久しぶりの快眠をした翌朝、ニュースでは近所の傷害事件を報道していた。


『殴られたのは会社員の50歳男性。家に押し入られたあとがあり、

 抵抗したことで暴行されたようです。男性は死亡し犯人は今も逃走中です』


「こんな近くで恐ろしい事件があるんだなぁ……」



『続いてのニュースです。またもや傷害事件がありました。

 〇〇市に住む男性がコンビニの帰りにナイフを突きつけられて脅されました。

 男性は"100億など知らない"と答えたところ腹部に何度もナイフを刺され死亡。

 犯人は今も逃走中です』


「ひゃくおく!?」


耳を疑った。


画面に映し出された被害者男性はどちらも同じ系統の顔をしていた。

特徴も近く、初対面のはずなのに既視感があった。


「この顔……俺の架空犯罪の犯人の特徴……!」


100億円が盗まれたという架空犯罪を特徴づけるために、

本当に架空の犯人をでっちあげ、ちゃんとその特徴を警察にも報告した。


そこまでリアリティを徹底した結果、警察以外の人たちが100億円を横取りすべく犯罪者狩りに出ているんだ。


「俺は悪くない……俺は悪くない……ただ架空の犯罪をでっちあげただけだ……。

 こんなうそに踊らされている人が悪いんだ……!」


布団をかぶっても体の震えは止まらなかった。

まるで自分が犯罪をけしかけているように感じてならなかった。


それからも架空の犯人に近い人間への襲撃は止まらなかった。

しだいにその特徴の判定は甘くなり、それっぽい人は無関係に襲われた。



お金を預かってから1ヶ月が経過した。



「……痩せましたね。いえ、やつれたというべきでしょうか」


100億円を預けた金貸しは心配そうに聞いた。


「俺のことはどうでもいいんです。とにかく金を……。

 1円たりとも使わずに1ヶ月間キープしつづけました。

 

 どんなに無関係な人が犯罪に巻き込まれようとも。

 すべてこの日のために耐えてきたんです」


「約束通りお金をお渡ししましょう。

 100億円のうち、いくら欲しいですか」


「200万。それが妹の手術代に必要な金額です」


「100億円までもらえるんですよ?」


「いりませんよ、そんな金額。金なんて持っていてもろくなことにならない」


「では200万円をどうぞ。ちなみに、このあとはどうする気ですか?」


「100億の犯人は捕まったということにします。

 お金も戻ってこないということにして、もう誰も傷つかないようにします」


99億9800万を残してその場をあとにした。

200万円はすぐに手術代として使って、手元にはなにも残らなかった。


妹の手術は成功した。


架空犯罪の幕切れをでっちあげてからは、

まじめに仕事をしてお金を作るようになった。


こんなに真面目に働いている人が100億など手元にあるはずない、と金の匂いつられて訪ねてくる人もいなくなった。

すべてもとの日常へと戻った。



妹の退院日、病院へいくと妹の姿はなかった。


「あれ? すみません、妹は?」


「近親者の方ですか。妹さんならすでに退院されましたよ」


「退院? 聞いてないんですけど」


「お兄さんに恩返ししたいって前からなにか準備されてたみたいです。

 もう自宅に戻ってるんじゃないですか?」


「そうですか。ありがとうございます」


兄と一緒に退院する気恥ずかしさがあったのだろうか。

入れ違いになったのは残念だが、ひとりで家に帰れるほど回復したのは嬉しかった。


家に帰ると、妹がまっていた。


「おかえりお兄ちゃん」


「お前な、勝手に病院から帰るんじゃねぇよ。びっくりしただろ」


「実はお兄ちゃんに見せたいものがあって」


「見せたいもの?」


妹は部屋の奥にあるテーブルクロスを引いた。

そこには山のような大金が積まれていた。



「聞いてお兄ちゃん。100億円を1ヶ月間持っているだけで、

 1ヶ月後にこの100億円がもらえるんだよ!

 このお金が手に入ったら、ふたりでどこか旅行に行こうよ!」

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