餌付け5(失敗)

「淡島さん! 俺カルボナーラがウマイ店見つけたんすよ!」

「ふーん、どこ?」


 淡島の後輩が挙げた名前は、いつか恋人を連れていこうと思っていた店だった。淡島の了承が聞こえる。ペンを持った手が力む。――あの時、怒らせてでも引き留めていれば。

 久しぶりに休みが重なった前夜、淡島が丸一日一緒に過ごしたいと提案してきた。それに大賛成したいのは山々だったが、亡き両親の墓参りを予定しており、態々付き合わせるのも申し訳ないと午前は私用があるから午後から一緒に過ごそうと返した。すると淡島は「一緒に居るのが嫌ならハッキリ言ってほしい」と提案を取り下げて帰ってしまった。泊まっていってほしかったが、相当機嫌が悪くなっていたのでそっとしておいた。

 その日以来、淡島は仕事以外で自分に近づかなくなった。少しでも私的な話をふれれば心底嫌そうな顔でパワハラですと突っぱねられる。異変を察した友人達が間に入ったが、二人共「諦めた方がいい」と首を横に振られた。その後で、女性陣の容赦ない雑談で「仕事はできるけどプライベートではほんまつまらん男でしたわ。告って損した」と笑いながら話しているのを聞いてしまった。

 最近自宅の冷蔵庫を開けるのが億劫だ。彼女が好む食品が封も開けられず鎮座しているから。

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後輩の食事情 狂言巡 @k-meguri

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