餌付け4
まるでそれは、目の前に突然現れたゾンビを見た時のような心境だった。ただ気が向いて、何となく言っただけ。恨まれるような事なんてしていない……はず。ぶっちゃけコレ逆切れじゃないの? なんて思っても、口が裂けても言えない自分は世間的に本命ヘタレに属されるのか。この前腐れ縁に言われた。うっさいわね! どうしようもなく泣きたくなったんだから仕方ないじゃないの。
「だから悪気は無かったつってんでしょ」
コレは本気。超マジだ。
「実はあったかもしれへんやん」
「アタシが無いつってんでしょ」
「無意識のうちにあったかもしれへんやん」
あぁもぅ畜生! 見ていた推理ドラマがあんまりにも貧弱な謎解きで。けれど淡島は退屈だからこそ夢中になるようで、じっと見ていた。終盤に近づき、さて主人公が犯人の名を明かそうとしたクライマックスで。つい口が滑ってしまって。
「アイツが犯人でしょ」
それを聞いた時の恋人の顔は、まるでお預けを食らったような仔犬みたいな。それを見た時の喜秋の顔はきっと、自分の失敗を母親に見つけられたクソガキような。まぁ取り敢えず収拾のつかない事態に発展して。盛大に暴れてくれた方がまだマシだと思った。片づけが大変だけど。
小さな背を喜秋に向けて、黙りこくっている。此処からは見えないが、そこそこ可愛いあの顔は最高にぶすくれているのだろう。本当はいけないんだろうけれど、この際しょうがない。背に腹は代えられない。
「これで機嫌直してよ」
差し出したのは知人が食べないから淡島にやってくれと言われて預かっていた菓子類。……餌付けかクソッタレ。けれども甘党で食いしん坊な恋人にとっては大変興味を引く代物だったらしい。無言のまま受け取る。
「おおきにやれ」
小さいけれど確実に相手に聞こえるような音量で呟かれた声は、しかとこの耳に届いて。
「どーいたしまして」
これぐらいで直るのならお安い御用だ。数日立ち直れなかった、あの一言が自分にぶつけられなかった事を、喜秋は心の底から安堵した。
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