餌付け3(出張編)

 昨日は泥酔しつつも何とか布団に入れたらしく、服や下着もそのままだった。シャワーを浴びる準備をし始めた喜秋を見て、淡島は狭い台所に戻る。

 ぶかぶかの男物ジャージ、かなり丈の余ったエプロン(後で聞いたら喜秋のタオル等を入れているチェストで見つけたらしい)、それから犬の尻尾のようなローテール。絶世の美人ではないが愛らしい顔立ちの若い女が、自分の家の台所に立って朝食を作っているなんて光景は、何の下心がなくとも目の毒だった。包丁を手にするその手さえ、妙に無防備に見えてしまって、喜秋はそそくさと風呂場に足を向けた。


「あんまし凝ったもんは作れやんけど、どーぞ」


 髪を濡らしたまま風呂場から出て来た家主を迎えた淡島は、まるで自宅の台所と言わんばかりに手際よく作り上げた朝食を小さな食卓に並べた。若布と豆腐の味噌汁に白いご飯、ひじきの煮物にだし巻き玉子。ホカホカと湯気を立てるそれらは確かに質素に見えるが、調味料も何もなかった自分の家でこれらを作り上げた淡島には感心せざるを得ない。

 ごくりと喉を鳴らした喜秋の正面に、自分の分の朝食を食卓に並べた淡島は、ふうと一息吐いて席についた。

 エプロンを外して綺麗に畳んでから、シュシュをとった髪はふわりと白い頬を撫でた。淡島の大きな瞳がじぃっと、喜秋を見つめている。年は自分が上だが家主より先に食べるわけにはいかないと思っているのか、感想が聞きたいのかは判らないが喜秋は無言で揃えて並べられた箸を取った。まずだし巻き玉子を一つ取り、口に放り込む。まだ出来立てなのだろう、ふわふわとした食感と出汁の味。


「……アンタ料理出来んのね。ていうか、何でひじき」

「お裾分けよ」


 おいしい。なんて、素直に言う事は、まだ彼には出来なかった。

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