「もう、全部返し終わってたんだね。後金」


 彼女。品出しと金額の確認をしながら、話しかけてくる。


「ああ。けっこう前にそうだったらしい」


「それでも、ここに居続けたんだ。えらいね」


 彼女が頭を撫でようとしてくるので、かわした。


「偉くない。ここにしか、しがみつけなかったんだ。唯一の、自分以外の人間の、家族との、繋がりだったから」


「じゃあ、もっとえらいよ」


 回避不能な速度で突撃して抱きついてこられたので、しかたなく受け止める。


「いいのか。親とか学校とか」


「いいよ。大丈夫。ぜんぶ解決してきた。もともと死ぬ前にぜんぶ処理するはずだったし」


 死ぬ前に。


「まだ、死にたいですか?」


「死にたいって気持ちは。消えないよ。死ぬまで」


「そうですか」


 きっと。自分がこの店にしがみついてるのと同じなのだろう。離れられない。


「それよりも敬語」


「はい」


「やめてよ」


「でも初対面には敬語がいいんですよね?」


「あ、もう今から準備してるんだ」


「はい。初登校なので。緊張してます」


「大丈夫だよ。行っておいで。お店は任せなさい」


「死なない?」


「え」


「死んだりしない?」


「わかったわかった。あなたが帰ってくるまでは死なない。死にません」


「そうですか。安心しました」


 彼が、この店から。外に出る。学校へ。

 わたしは、外からこの店に逃げ込んで。彼の愛するものを、守る。ちょっとだけ、生きる。


「いってきます」


「いってらっしゃい」


 朝陽。眩しい。

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heard sunset. 春嵐 @aiot3110

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