旅する師弟の一場面

takemot

旅する師弟の一場面

〇弟子の場合……



「師匠……魔法、教えてください」


 僕は、目の前を歩く女性に話しかけました。


 彼女は僕の師匠です。師匠は、淡い青色のローブと三角帽子を身にまとい、ほうきを手に歩いています。僕の声に、師匠はゆっくりと振り向きました。整った顔立ち。セミロングの茶髪。綺麗な瞳が、まっすぐに僕を見つめます。


 師匠に見つめられた僕の心臓は、少しだけ鼓動を速めていました。


「……だめ」


 師匠は、少しの間をおいて、そう言いました。


「う~。今日もですか~?」


「……今日も」


「じゃあ、明日はどうなんですか?」


「……さあ」


 師匠は、とぼけるように首を傾げます。


 このやり取りを、今まで何度行ってきたでしょうか。師匠と旅を始めてから、いや、正確には、師匠と旅を始める前からなので、その数は、百を超えているかもしれません。


 でも、僕は、諦めるわけにはいかないのです。魔法を覚えなければならないのです。なぜなら、僕は、師匠とずっと一緒にいたいのですから。


 魔法使いは、魔法使いと添い遂げる。これは、世の中の常識です。もし、僕が魔法を覚えなければ、師匠に告白しても、あっさり断られてしまうに違いありません。つまり、魔法を覚えることは、師匠とこれからもずっと一緒にいるうえでの絶対条件と言えるのです。


 まあ、魔法を覚えた僕が師匠に告白した時に、受け入れてくれるかどうかは…………うん、今は置いておきましょう。


「師匠、お願いします! 僕、どうしても魔法を覚えたいんです」


「……いや」


 師匠はそう言って、ほうきにまたがり、空に浮かび上がりました。


 師匠のローブが、パタパタと風に揺れています。師匠は、風で飛ばないように三角帽子を手で押さえながら、パクパクと口を動かしていました。何かを呟いているのでしょうか。ですが、この距離では、口が動いているのが見えるだけで、何を呟いているのかを聞き取ることはできません。僕は、師匠が戻ってくるのをただ黙って待っていました。


 師匠が戻ってきたのは、それから数分後のことでした。なぜでしょうか。その顔は、少し赤みを帯びていました。


「師匠、どうかしましたか?」


「……何でもないよ」


 師匠は、僕に背を向けて再び歩きだしました。そのあとを追いかけるように、僕も足を進めます。


 こんなふうに、僕たちの旅は、ゆっくりと、穏やかに進んでいくのです。





〇師匠の場合……



「急なお呼び出しですね」


「……ごめん」


 私は、頭の上の三角帽子に向かって話しかける。下には、じっとこちらを見る弟子の姿。この高さなら、この子の声は届かないだろう。三角帽子が意志を持って言葉を話すなんて、彼が聞いたら混乱するに違いない。


「それで、どうして私と会話をしようと思われたのですか?」


 三角帽子が、私に向かってそう質問する。この子は、私が手で触れて魔力を送っている時にしか言葉を話すことができないのだ。


「……私、彼に魔法を教えるべきなのかな」


「あらあら。ご自分でお決めになったことなのでは? 彼に魔法は教えないと」


「そうだけど……」


 私は、彼を弟子にする前、絶対に魔法は教えないと決心したのだ。魔法を使えることは、とても危険だ。世の中には魔法を嫌悪し、排除しようとする者もいるし、魔法を戦争に用いようとする者もいる。そんな危険に彼を巻き込みたくはない。私が彼を弟子にしているのだって、彼が他の魔法使いに弟子入りし、魔法を覚えてしまうということにならないようにするためだ。


 まあ、ずっと一緒にいたいからという私的な理由もあるにはあるが……。


「つまり、あなた様はこうおっしゃりたいのですか? 大好きな彼の思いに答えたい。でも、魔法を教えたくはない。どうすればいいのか……と」


「……うん」


 三角帽子は、私の言いたいことを的確に指摘してくる。当たり前だ。この子は、普段から私たちのことを見ているし、彼に見せていない私の様子も知っている。何なら、私は、時々この子に恋愛相談をしているのだ。


「あなた様のお好きになさるのがよいと思いますよ」


「……それができれば苦労はしない」


「あらあら」


 呆れたような声を漏らす三角帽子。


「とりあえず、今すぐ結論を出す必要はないかと存じます。ほら、そろそろ大好きな彼の所にお戻りになるのがよろしいのでは?」


「……からかわないで」


 私は、三角帽子から手を放し、ほうきを降下させて地面に降り立った。三角帽子にからかわれたせいか、私の顔の温度は少し高くなっていた。


「師匠、どうかしましたか?」


「……何でもないよ」


 私のことを心配する彼の表情に少しドキッとしながら、私は彼に背を向け、歩き出す。そんな私の後ろを、彼がスタスタと付いてくる。


 こんなふうに、私たちの旅は、ゆっくりと、穏やかに進んでいく。


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