第34話 後夜祭2

「あれー? 二人で何してるの?」


 背後から声が響く。振り向くと明るい髪が揺れていた。

 濃いめの化粧に、はっきりとしたアーモンド型の瞳。薄く口紅の塗られた唇。舞だ。

 今、一番見られたくない人に見られた。気まずく顔が引き攣るのが自分でも分かる。


 舞は八代さんに寄ると、グッと肩を掴んで俺から八代さんの距離を置く。


「八代さん、ダメじゃん。その人、女子を弄ぶ最低な人なんだよ? 私も弄ばれたし、八代さんも狙ってるみたいだから、気をつけてって言ったよね?」


 嗜める口調で八代さんに訴える。だが、八代さんは肩に乗せられた舞の手を払うと、真っ直ぐに舞を見た。


「一条さんはそんな人じゃありません。悪く言うのやめてもらえますか?」


 反抗してくると思わなかったのだろう。確かにここまで八代さんが俺の悪口に対してはっきりと反応したことはない。

 

 笑みを浮かべていた舞の口角が僅かに引き攣る。


「何言ってるの? 本人に言われたんだけど。ねぇ?」

「……まあ」

「ほらね? 本人も認めてるのに、なに言ってるの?」


 舞は八代さんの言葉を待つが、八代さんはじっと見つめ返すのみ。そして「……はぁ」と息を吐いて肩を落とす。


 あからさまな落胆。その態度は舞にも伝わったらしい。声が一段低くなる。


「なに、その態度?」

「いえ、どうして分からないのかと思いまして。あれだけ長く一緒にいたというのに、本当に一条さんのことを分かっていないんですね」

「はぁ?」

「一条さんが本当に私のことを狙っていたわけがないでしょう。わざわざ教室で言う意味がありませんから。それにそんなことを考えなくても一条さんが良い人なことは分かると思います。ちゃんとその人のことを見ていれば、ですけど。本当に神楽坂さんは外側しか見ていなかったんですね」


 かぁっと顔を赤く染める舞。もう浮かんでいた笑みはない。きっと目が鋭くなる。


「う、うるさい。だったらなんでそんなことをしたって言うのよ!」

「……文化祭を成功させるためですよ。あなたが嫌がらせのためにスケジュールをめちゃくちゃにしたの、忘れたんですか?」


 こてんと小首を傾げて、舞を見つめる。舞はぐっと唇を噛み締めて押し黙る。


「……ほんと、なんなの。弄ばれて可哀想だから庇ってあげてたのに。反抗してくるのか生意気すぎるんだけど」

「別に頼んでませんから。そもそもこれまで私に嫌がらせをしてきた神楽坂さんと仲良くしようと思うわけがないでしょう?」

「……本当にいいわけ? 前みたいにするよ?」

「お好きなだけ私の悪口でもどうぞ。別に気にしませんので」


 俺が口を挟む間も無く、八代さんと舞のやり取りが続く。舞の低めの裏の声も、八代さんの追求も刃物ように鋭い。


 最後に淡々と告げたその態度からは、路傍の石でも見つめるような、そんなどうでもよさが滲みでていた。


 どこまで舞が声を荒らげでも、八代さんの鉄壁を崩すことはない。投げやるように舞の舌打ちが一度響く。


「もう知らないから」

「はい。どうぞ。あ、でもひとつだけ」


 口を閉じて、舞を射抜くように目を鋭くする。見えた綺麗な横顔の瞳にキャンプファイヤの炎が微かにちらつく。


「一条さんのことは別ですから。なにも知らないで勝手に悪く言うのは許しません」

「なに、デキてんの?」

「そう思うのであればそうなのでは?」


 くすっと挑発するように黒い笑みを浮かべる八代さん。その表情はこれまで見たどの表情よりも怖く、そして背徳的な美しさがあった。


 舞が呆気に取られて固まっている間に、八代さんがするりとこちらにくる。


「一条さん、いきましょう」

「え、あ、おい」


 キャンプファイヤの方へ、くっと手を引かれる。手を繋がれた驚きのせいで、何も舞に言うことが出来ないまま離れてしまった。振り返った先では、まだ舞が呆然と立っていた。


「おい、あんなこと言って本当に良かったのか?」

「はい。全然構いません。一条の悪口は許さないのは事実ですから。それに」

「それに?」

「これまで我慢してきた分、全部伝えられたのですっきり出来ましたし」

「お、おう」


 晴れ晴れとした表情を浮かべる八代さんがあまりに強い。確かにあの怒涛の口撃は凄かった。


 手を引かれるまま歩き続ける。キャンプファイヤーの近くは人がまだ人が多いので、段々と人目につくようになる。

 ふと、目の前の右手が握られていたことを思い出す。

 

「……おい、そろそろいいだろ。離してくれ」

「あ、そうですね」


 呆気なく手は離される。感じていた体温もしっとりとした肌感も消えた。


 立ち止まった八代さんがこちらを向く。綺麗な双眸と視線が交わる。


「一応、ありがとな。あれだけ色々言ってくれて」

「いえ、助けてもらったのはむしろこっちですし。それに許せないから言っただけなので」

「……なんか意外だわ」

「意外、ですか?」


 きょとんと目を丸くする八代さん。気の抜けた雰囲気が滲み出る。


「庇われると思ってなかったから」

「それとこれとは別です。当然のことをしただけですから」


 薄く微笑みかけてくる姿にこちらも気が抜ける。ほんと敵わない。「いい奴だな」とつい自分も笑うと、はっと気付いたように目を開く。


「はっ。もしかして今回の私の行動で惚れてしまいましたか? ごめんなさい。無理です」

「急にフるの辞めてくれる? 感謝してるだけだっての」

「なら、いいでしょう」

「そもそも俺が八代さんに興味ないって言ったの、八代さん自身だよね?」

「……一応フッておこう、みたいなものです」

「微妙なダメージは蓄積してるんだが?」


 別に好きとかそういうわけではないが、やはり振られるというのはそれだけでダメージが来る。蓄積した傷を逃すように息を吐く。


「はぁ、なんか久しぶりだな。こういうの」

「そうですね。ずっと忙しくて話す機会がありませんでしたから。結局、文化祭も忙しくて全く出し物とか見て回れませんでしたし」

「そうなのか?」

「はい。文化祭の仕事はしていましたが、文化祭そのもの体験は無かったですね

 

 そう零す八代さんの顔が少し悲しそうに見えたのは気のせいではないだろう。文化祭とか苦手なタイプかと思ったが、まあ一回もなにもしていないなら残念そうにするのも当然か。


「……せっかくだし、踊るか?」

「はい?」

「だから、フォークダンス。まだやってるみたいだし」

「……告白しません?」

「するかっての。ついさっき振られたばっかりだろうが」

「身体に触れるからってセクハラもダメですよ?」

「分かってるよ。潰すんだろ?」


 以前の発言を思い出す。下手に触れれば、男としての機能を失うことは確実だ。あの声はマジだった。


「なら、仕方ありませんね。そこまで踊りたいなら踊ってあげましょう」

「いや、そんな発言一切してないんだが?」


 記憶が捏造されているみたいだが、乗り気なようで差し出した手に八代さんも手を添えてくれる。


 遠くで流れる音楽に合わせて、足でステップを踏む。右足、左足。なんてことはない。単純な動き。

 

 改めて触れる指先は細くて白い。微かに自分より体温が低いようで握った手のひらはひんやりとしている。

 

「上手ですね」

「去年、散々踊ったからな」

「ああ、リア充のイベントですもんね。告白も行われるみたいですし」

「だな。安心しろ、絶対しないから」

「なら、いいでしょう」

「流石に脈なし0%の人相手に告白するほど愚かじゃないんでな」


 八代さんが俺を大事にしてくれているのは、もう充分伝わっているが、それはあくまで友人としてだ。

 人の好意には敏感で、散々向けられてきたのだから、八代さんの好意がどのようなものかははっきりと分かる。


 仮に今告白したところで一瞬の躊躇いもなく振られるだろう。はっきり、ばっさりと。綺麗な断面が出来るくらい切られるに違いない。


 そう思っていたのだが。


「そうですね……」

「どうかしたか?」


 一瞬考え込む八代さん。何を考えているのだろうか?


 少し待つと、ゆるりと緩められた優しげな瞳がこちらを見る。そして表情を崩し、柔らかな笑みが浮かんだ。


「そうですね。一条さんにはココアちゃんがいるので、ココアちゃんのおまけとしてなら付き合ってあげてもいいかもしれませんね」


 あくまで冗談のつもりだろう。からかいを含んでいると言ってもいい。だが不覚にもドキリと一瞬心臓が早く脈打つ。


(まったく。妙な発言はやめて欲しい)


 八代さんの微笑みは、あまりに魅力的で可愛らしかった。


♦︎♦︎♦︎


一応ここで一区切りとさせていただきます。読んでいただきありがとうございました。


一年ほど更新が空いてしまいましたが、それでも待って読んでくださった方々には感謝しきれません。


最後まで読んで少しでも面白かったという方は↓↓↓の☆☆☆を★★★にしていただけると、より多くの方に読んでもらえるようになるのでよろしくお願いします。


また感想も下さると今後の励みになるので、一言「面白かった」でもいいのでよろしくお願いしますm(_ _)m

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清楚系美人が俺を何度もフッてくる件。勘違いは勘弁してください。告白してません。 午前の緑茶 @tontontontonton

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