第2話 別れ

 フィーナの提案の飲んだとき、もう辺りは真っ暗になっていた。今は春の途中の5月なので、夏ほど日が長くなかった。私は、フィーナに手伝ってもらいながら、散らかった荷物を探した。全ての物を鞄に入れた途端、おばあちゃんに買い物を頼まれていたことを思い出した。


「私、おばあちゃんに買い物頼まれていたんだ。すっかり忘れていた」

「もう暗いし、おばあさんも心配していると思うよ。いったん帰ろう。このことも話さないといけないし」


 フィーナに言われて、ハッと思い出す。そうだ。おばあちゃんに言わないといけない。魔法が使えることを・・・そう思うと何だか緊張してきた。帰路につく足取りが一層重くなるのを感じた。その思いが伝わったのか、フィーナは、気まずそうに言った。


「あのさ、正直私も混乱しているの。魔法ってさ、魔法族にしか使えないと思っていたからさ。非魔法族から、魔法が使える者が出てきたとなると、他の魔法族がどんな反応するか見当もつかないし・・・多分、非魔法族の魔法使いなど認めないと言うんだろうけど。まぁ、非魔法族からはいいように思われないかも知れないわ」


 フィーナの話に耳を傾ける。どの道、良いようには思われないことは確か。


「おばあさんがどんな人なのかは知らないけど、拒絶される可能性もある。覚悟しておかないといけないよ」


 そんなことを話していると、家の前に着いてしまった。今の話を聞いて、拒絶されるかも知れない恐怖がドッと襲ってきた。


「私は外で待ってる。何かあったら・・・」

「一緒に来て!やっぱり拒絶されるのは怖いよ。それに、この状況に混乱しているし、だから・・」


 フィーナは、少しだけ考え、分かったと呟いた。どうやら着いてきてくれるようだ。少し震える手で鍵を開けて、ドアノブを掴む。ドアを開くとおばあちゃんが心配そうに出迎えてくれた。


「アイラ、どうしたの?こんなに遅くまで。どうしたの!その傷。何かあったの?」

 

 おばあちゃんが次々と言葉を発していく。ちょっと喰い気味に話をするので、気圧された。言おうと思っていたことが、頭からすっかり抜けてしまった。真っ白になってしまった。


「アイラさんは、襲われていた女性を助けていたんです。この傷はその時にできたもので・・・」

「あら、お客さん?アイラ、人助けをしてたの?」


 おばあちゃんは、きょとんとした後、さっきまで矢継ぎ早に話していたことを思い出したのか、少し顔を赤くした。


「お客さんがいるなら、早く言いなさいよ、もう!さあさあ、上がって下さいな」


 おばあちゃんは、そそくさと台所に行ってしまった。私は、フィーナをリビングに案内する。


「何か、おばあちゃんがごめん。結構なおしゃべりなもんだから」

「いいよ、全然。おばあさんは、アイラのこと心配してたんだから、ああなって当然だって」


 私とフィーナは椅子に座って、少し話をしていた。


「粗茶ですけど、お菓子と一緒にどうぞ~」


 おばあちゃんがニコニコしながら、お茶とお菓子を持ってきた。その後は、大変だった。助けたときのことを聞かれたり、世間話をしたりしていた。フィーナは、魔法族だけど、非魔法族のことをなんとも思わないのかな。非魔法族は、魔法族の悪口ばっかりだけど・・・そう悶々と考えていると、おばあちゃんが席を外したようだ。どうやらお茶がなくなったらしい。


「話さなくて良いの?早く話さないと、話しづらくなるよ」


 フィーナに言われ瞬間、忘れていた恐怖がドッと襲ってきた。手が小刻みに震える。


「どうかしたの?アイラ」


 おばあちゃんの声が我に返えらせてくれた。口を噤む。おばあちゃんは、私が小刻みに震えているのを見て、何やら私に話しかけているが、耳に入らないくらいだった。でも、このままではいけない。


「おばあちゃん!」


 私は、恐怖に打ち勝とうとして大きな声を上げた。おばあちゃんはビクリと肩を震わせた。その隙に、畳みかけるように話し出す。


「わた、私ね。魔法が使えるんだって」

「・・・・えっ?」


 おばあちゃんのその一言が大きく胸に刺さる。怯むな、言わなくてはいけない!


「さっき、女の人を助けたって言ったけど、襲っていた人が魔法族の人で、魔法を使って撃退したの!あ、あと、その時に私の力が暴発してしまったから、次、いつ暴発するか分からないって・・・魔法を抑えるためにも、フィーナに着いていきたいの。それに、自分自身が何者であるかが知りたい!だから、その」


 ここまで言うとおばあちゃんは、目を伏せた。その行動にぎくりと全身がこわばる。フィーナの方に目をチラリと向けると、フィーナもなんとなく緊張しているようだった。何分も経っていないけれども、何時間もの時間に感じた。



「そうなのね。・・・おばあちゃんはね、アイラが決めたことなら反対はしないし、止めるつもりもないわ。忘れないでね。魔法が使えても、あなたは私のかわいいアイラよ」


 顔を上げて、おばあちゃんが言った言葉に緊張が解けて、涙が出てきた。


「何があるか分からないけど、ただ体には気をつけてね。辛くなったら、いつでも帰ってきたっていいから。おばあちゃんはあなたの見方だから」

「う゛、う゛ん」


おばあちゃんの優しさに泣けてくる。おばあちゃんに抱きしめられながら、ワンワン泣いてしまった。

そんな二人の様子をフィーナは優しそうな目で見つめていた。


  

朝。私はいつもより早く起きて、荷物を持てるものだけは、まとめていた。なるべくすぐに出て行けるようにするためだ。出て行く前に、休学届とお世話になった人くらいには、挨拶しておかないと。私は、ぼっちなので挨拶する友達なんていないが・・・。ふと、棚に置いてある写真が目に入った。家族写真だ。私が、赤ん坊の頃の写真だ。なぜか、すごく気になった。ぼーっと眺めていると、ノックをする音が聞こえてきた。どうやらフィーナが様子を見に来てくれたようだ。


「昨日はすまないね。ご飯をいただいただけではなく、泊めさせてもらっちゃって」

「いや、全然大丈夫。私とおばあちゃんだけだし・・・」

「・・・・その写真って?」


どうやら私は無意識に写真を見つめていたようだ。記憶にはないけど、確かに実在した、在りし日の思い出。


「憶えてはいないんだけど、お母さんとお父さんの顔が分かる数少ない写真だからね」

「もしかして、亡くなられて・・・」

「うん、私が三歳の時に。おじいちゃんは14の時に。それからおばあちゃんと二人きり。正直、お母さんとお父さんのことを記憶にないし、実感とかないんだけど、こうして写真で残っていると実在したんだなって・・・」


一人で呟いていると、何だかしんみりとした空気になってしまった。写真を優しく指先で撫で、そっと棚に戻した。


「そういえば、出発のことなんだけど・・・」


思い出したような声でフィーナが話し出す。出発には少し時間がほしいなと思いながら、フィーナの言葉に耳を傾けていた。


「なるべく今日、遅くても明日には行きたいんだけど」

「えっ、早すぎない?休学届とか、お世話になった人への挨拶もしたいのに、そんなに早いのは無理だって」


私にも事情があるのにこんなこと言われるとは思わなかった。驚くところか、少々ムカついた。おばあちゃんだって困るだろうし、最低限自分でやれることはやりたい。なのに、到底納得できる話ではなかった。


「聞いてほしいの。私も想定外のことが起きたの。あなた、予想以上に力の暴発が早くなっている」

「えっ?」

「昨日、何か嫌な予感がして目が覚めたの。そうしたら案の定、電気が消えたり点いてた。外を見てみると、周りの住宅の電気が不自然に消えたり点いたりっていう現象があったのよ。あなたの出した力は、電撃だったのをそこで思い出したの。あぁ、暴発しているって感じた。一刻も早く制御を、と思ったの」


話を聞いて唖然とした。私が魔法を使えることにも混乱していたのに、暴発もこんなに早いだなんて思わなかった。昨日の出来事が、私の全てをひっくり返してしまうような出来事であったのに、さらに考える時間をもくれないなんて・・・


「おばあさんには、私から説明するし、休学届もこちらで何とかする。本当に混乱させちゃっているけど、その、ごめん」

「謝ってどうにかなる問題じゃないし、いいよ、謝罪なんて。・・・・・さっきこと、分かった。今日のお昼には出て行けるようにするわ」


フィーナは、申し訳なさそうにしながら部屋を出て行った。少し、きつく言ってしまった。何もかもが急だし、混乱しているのはフィーナも一緒かもしれない。私が悠長に考えすぎているのかもしれない。暴発がひどくなれば、私にもおばあちゃんにも危害が及ぶ。


「はぁ、後でフィーナに謝ろう」



朝ご飯を食べた後、おばあちゃんに部屋に来るように言われた。そこで、フィーナから話を聞いたことを話した。おばあちゃんは、気丈に振る舞っていいるが、心配そうな雰囲気が読み取れた。


「おばあちゃん、私、大丈夫だよ。混乱しているし、分かんないことばかりだけど、大丈夫。心配しなくたって、私。むしろ、心配なのはおばあちゃんの方だよ。病気とか、気をつけてね。前みたいにギックリ腰になっても、お世話できないよ」


おばあちゃんは、不意を突かれたような表情をしたが、すぐに嬉しそうな表情をした。ほけほけと笑って、「そうだねぇ」と言った。


「もう、17だもんね。大丈夫かぁ。成長しているものねぇ。おばあちゃん、考えすぎてたわ。でもね、いろいろなことが急に起こりすぎていて、心配なんだよ?だからね」


そういうとタンスの中から、古びた箱を取りだした。少し大きめ、20センチから30センチはある箱だ。おばあちゃん曰く、お守りのようなものだそうだ。中には、杖が入っていた。


「これが何だか分からないけど、私たちデンゼル家に伝わるお守りだそうよ。きっとあなたを助けてくれる」


銀の持ち手、先端には大きな赤色で正八面体の宝石のようなものがついたシンプルな杖だ。見た瞬間引き込まれた。綺麗。少々古びているような気もするが、とても綺麗だ。私は、蓋をして胸に抱き込んだ。


「ありがとう、おばあちゃん」



日も高くなった11時半頃、家の前でおばあちゃんが出てくるのを待っていた。フィーナと二人きり。今朝のこともあるのか、少し空気が重いように感じた。ちょっと緊張するが、意を決して謝ることにした。


「フィーナ、今朝はちょっときつく言っちゃってごめん。フィーナは私たちのことを思っての言葉だったのに・・・ごめん」


フィーナはあっけにとられた様な顔をしたと思うと、笑い出した。私は、何だか恥ずかしくなって、顔が赤くなるのが分かった。


「な、何?変なこと言った?」

「ははは、今朝のこと何て気にしてないよ。こっちこそ、戸惑うことが多いのに、急かしてごめんね」


フィーナと笑い合っていると、おばあちゃんが出てきた。おばあちゃんはただ一言、「気をつけてね、無事でね」と笑いながら言った。フィーナが一歩前に出てきて、真剣な顔で話し出した。


「色々と急かすようなことをして、すみません。混乱されていることかとも思いますが、力を抑えられる様にします。連絡もとれるようにしますので、・・・その」

「いいのよ。畏まらなくて。アイラと変わらない年齢なんだし、ね?私は、大丈夫だから!」


「おばあちゃんも気をつけてね」と言って、おばあちゃんとは別れた。どんどん家が遠くなっていく。次第に故郷も遠くなるのかと思うと、しみじみと感慨深いものがこみ上げる。


「ちなみに、行き先を聞いていないんだけど・・・」

「え、おばあさんから聞いてない?」

「うん。おばあちゃん、忘れっぽいとこあるし」

「そ、そうなの。ここから、南に500キロにある、帰らずの森っていうところよ」




アイラ=デンゼルの祖母、ラーバ=デンゼルは、アイラを見送ると静かに家に入って、すぐに自室へと足を運んだ。扉を静かに閉め、棚にある家族写真に目を向けた。ラーバは写真を優しく撫で、その隣にあるアイラだけが写る写真を、悲しそうな顔で胸に写真を抱いた。目を伏して、呟く。


「私は怖いのです。また、あのようになるのではと。我がデンゼル家の始祖、どうかご加護を。アイラにどうかご加護があらんことを」






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私と世界と真実と 錆びた十円玉 @kamui_4869

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