第9話 時は遡り20分前
始まりは梓ちゃんから電話が掛かって来たあの日。凄く真剣なトーンで『相談がある』って呼び出されたから、何事かと思って身構えてたんだけど。
——伊織と喧嘩しちゃったぁぁ!
って、結局は毎度お馴染みの恋愛相談。話を聞いたところ、学校から帰る途中に伊織くんと言い合いになっちゃったらしい。
多分それだけなら、僕が手を貸さずとも自然に仲直り出来るんだろうけど、本人曰く今回の喧嘩の原因は、自分のついた嘘だったという。
それでその嘘というのが、自分に彼氏ができたという何とも意外なもので、問題はその嘘を伊織くんが鵜呑みにしちゃったことだった。
何でそんな嘘ついたのか不思議だったけど、どうやら梓ちゃんは、何とかして伊織くんに振り向いて欲しいが故に、そんな嘘をついちゃったみたい。
本人的にはそれで上手くいくと思ったんだろうけど、結局二人は言い合いになって、おまけに伊織くんに彼女がいるっていうカウンターまで食らったんだとか。
普通そんな嘘をつくよりも、素直に自分の気持ちを伝えた方が効果的だってわかると思うんだけど……それがわかる二人なら今頃上手くいってるのかもしれないね。
とにかく僕は梓ちゃんの相談役として、色々とアドバイスはしたつもり。伊織くんの方も美緒ちゃんに同じようなことを言われてるだろうし。
(あとは時間が解決してくれるかな)
僕は幼馴染の二人を信じて、様子をみることにした。
でも——。
『また伊織と喧嘩しちゃったよぉぉ!!』
どうやら僕が思っていた以上に、二人はすれ違うことが得意みたい。
仲直りの為だったはずの手作りお弁当の件で、また伊織くんと喧嘩したって梓ちゃんから電話が来た時は、流石の僕も頭を抱えちゃった。
それでも放っておけなくて、何とかしてあげようと思った結果が今の状況。
美緒ちゃんと協力して、二人を休日の遊園地に連れ出して、目に見えて渋る梓ちゃんたちを、何とか一緒の観覧車に乗せることは出来たんだけど……。
「あの二人、ちゃんと仲直り出来ると思う?」
「うーん、どうだろう。梓次第?」
「僕的には伊織くん次第だと思うな。今日の梓ちゃんずっと落ち込んでたみたいだから、自分から仲直りするきっかけを作るとは思えないんだよね」
「それで言ったら伊織もだよ。ボクが頑張ってテンション高めで絡んでたのに、ずっと死んだ魚みたいな目しててさ。あの感じだと間違いなくダメだと思う」
お互いの近況を確かめ合い揃って頭を抱える僕たち。
そもそもこれは梓ちゃんたち二人の問題のはずなのに、本人たちと同じくらい頭を悩ませちゃう僕たち相談役って一体……。
「ねぇ瑠夏」
「ん、どうしたの美緒ちゃん」
「実はどうしても確認しておきたいことがあってね」
「確認?」
「うん」
思案顔を浮かべていた美緒ちゃんは、思い立ったようにそんなことを。『確認』って一体何のことだろうって、一瞬こそ首を傾げた僕だったけど。
「あの二人、多分とんでもない勘違いしてるよね?」
その一言で、僕は美緒ちゃんが何を言いたいのか瞬時に理解できた。
「やっぱり美緒ちゃんも気づいてたんだね」
「てことは瑠夏も?」
「うん。今日の梓ちゃん、ずっとそのこと気にしてたみたいだから。美緒ちゃんたちを見かける度に落ち込んじゃって、宥めるの凄く大変だったんだよね」
「えっ、待って! それ伊織も同じ! 瑠夏たちが並んでるだけで嫉妬しちゃってさ。それで結局喧嘩になっちゃうんだから、ほんとおバカさんだよ!」
遊園地に入園した時から、ずっとそうじゃないかなって思ってたから。美緒ちゃんも同じこと考えてたみたいで、喉元につっかえていた何かが、ようやく胃に降りた気分だ。
というのも今日の二人の喧嘩は、いつも以上に食い違って見えていた。
僕たちは二人に仲直りしてほしくて、こっそり遊園地に誘ったんだけど、どうやらそれが勘違いを生む原因になって、余計に関係を拗らせてたみたいなんだ。
「あの二人ってほんとに鈍感! 普通そんな勘違いする⁉︎」
「あはは……まああの二人ならそうなっても仕方ないかも」
おそらく伊織くんは僕と梓ちゃんのことを。梓ちゃんは美緒ちゃんと伊織くんのことを。それぞれカップルだと思った上で、色々と言い合ってた。
普通に考えてそんなのありえないってわかると思うんだけど……どうやらあの二人は、僕たちが想像していた以上に妄想が飛躍する人たちらしい。
「これだけは僕たちが直接訂正した方が良さそうだね」
「もうー、ほんとに仕方ない人たちなんだからぁ」
「まあまあ。それだけお互いのことを想ってるってことだよ、きっと」
誤解しちゃうくらい相手を好きなのはいいと思うけど、出来ればその想像力を、もっと違う形で発揮できたらなって、正直なところ思ってる。
何にせよ、このままだと間違いなく二人の距離は遠ざかる一方だろうから、観覧車が終わったら、すぐにでもその誤解を解いてあげないとね。
「あ、そういえばもう一つ」
ひとまず話は落ち着いたと思ったけど。
なんだろう。美緒ちゃんは少し怖い顔を浮かべた。
「瑠夏さ、今日梓と手繋いでたでしょ」
「手? ああ、コーヒーカップの時かな」
「へぇー、自覚とかあったんだ、ふーん」
僕はただ正直に答えただけなんだけど。
なぜか美緒ちゃんに思いっきり睨まれちゃった。
「つまり瑠夏はわかっててあんなことしたんだ」
「あの時は梓ちゃんがフラフラで危なかったから」
「フラフラなら手を繋いでもいいんだ。ふぅーん」
僕が口を開けば開くほど、どんどん目つきが鋭くなっていく美緒ちゃん。口を尖らせて、不機嫌そうにそっぽを向くこの感じからして、おそらくは。
「もしかして嫉妬してる?」
「し、嫉妬なんてしてないよ! ボクはあの二人じゃないんだよ⁉︎」
そうは言ってるけど、わかりやすく顔が真っ赤っ赤。
「じゃあなんでわざわざそれを僕に言ったの?」
「そ、それは……」
「嫉妬したからじゃないの?」
「う、うぅぅ……」
言葉を詰まらせる美緒ちゃんをじーっと見つめてみると、今度はバツが悪くなったのか、僕から逃げるように目を逸らした。
どうやら嫉妬してたというのは、あながち間違いじゃなかったみたい。
「あんまり見ないでよ……恥ずかしい」
「ごめんごめん。困らせるつもりはなかったんだ」
「もう……瑠夏のおバカっ」
伊織くんにあれこれ言っていた割に自分も嫉妬しちゃうなんて、何だか美緒ちゃんらしくてほっこりする。
どうせなら梓ちゃんも、このくらい可愛らしくて素直な姿を、伊織くんの前でも見せてあげたらいいのに。
「でもさ、ちょっと不思議だよね」
「えっ、何が?」
「だってさ、僕たちって中学から一緒でしょ?」
「ああうん、そういえば4人ずっと仲よかったよね」
「それなのに僕たちのこと全然気づいてないんだよ?」
普段は出来るだけ隠してるつもりでも、それでもうっかり出ちゃう時だってある。だからこそ僕は、今だに気づかれてないこの状況が凄く不思議なんだけど。
「確かに! やっぱりあの二人鈍感すぎるよ!」
美緒ちゃんのこの反応からして、やっぱりあの二人はどこか抜けてるんだと思う。今日の勘違いだって、僕たちの関係に気づいていたら起こり得ない珍事だからね。
「ボクたち中学の時から付き合ってるのにね」
「ね、いつになったら気づいてくれるのかな」
中学の頃からすれ違ってばかりで、仲のいい僕たちのことにすら全く気がつかないあの二人だけど、それでも僕は陰ながらに応援してる。
いつか伊織くんたちが自分の気持ちに素直になって、そして僕たちのことをちゃんと報告できたその時には、こうしてまた4人で遊園地に来たい。
「ボクたちみたいにあの二人も上手くいったらいいね」
「うん、そうだね」
【中編】すれ違いから始まるラブコメ じゃけのそん @jackson0827
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