夏のバケモノ

たぴ岡

夏のバケモノ

 ある日自宅へ帰ると、夏のバケモノがいた。玄関を開けて靴を脱いで、リュックを下ろして上着を脱いで、リビングへの扉を開けばそこにいた。

 着ているのは伸びきった古いタンクトップ。肩につかないような長さの真っ黒な髪。ソファにぐでんと横たわっていて、その口には私の大好物のアイスバーが。

 ふわりと吹いた風に揺られて、風鈴がひとつ鳴る。その涼しい音とは裏腹に、今日の気温は三十度を超えているらしい。昨日まで降っていた雨のせいか、じめっとした感覚が続いている。

「あの――」

 声をかけてみれば、彼女はこちらを向いた。長い前髪が左目にかかっている。右の瞳はソーダのような青だった。しゅわしゅわと気泡が弾ける音が聞こえてきそうだ。彼女の目に映るのは私だろうが、全てを透かして見ているかのようで美しい。彼女は爽やかににこりと笑って、前髪を耳にかけた。

 どこかで花火が咲いている。カーテン越しに色鮮やかな光が見えては、腹の底に響くような破裂音が届く。私は例年と違う夏を過ごすことを確信していた。

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夏のバケモノ たぴ岡 @milk_tea_oka

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