男嫌いなサキュバスと血が吸えない吸血鬼
綾川ふみや
男嫌いなサキュバスと血が吸えない吸血鬼
「いつでも襲っていいわよ、ミィナ」
リリにそう言われてから、もうどれだけの時間が経っただろう。
今日こそは彼女のことを襲ってやる、と息巻いていたけど、いざ実行しようとすると穴の空いた風船みたいに気持ちがどんどん萎んでいってしまう。
……あ、襲うっていうのは別に変な意味じゃなくて。私が種族としての――つまり、吸血鬼としてのプライドを取り戻したいという意味なんだけど。
私はリリと同じベッドに横たわっていた。布団の中は彼女の体温で満たされていて、サキュバスである彼女の特性からか、甘くて体の奥を刺激されるような不思議な匂いでいっぱいだった。
「どうしたの? あたしはサキュバスだもの。吸血鬼に噛まれるくらいどうってことないわ。あんまり焦らすなら、あたしの方から襲っちゃおうかしら」
リリはそう言って意地悪そうな笑みを浮かべた。
薄暗い部屋の中でも、彼女の周囲だけはネオンの明かりみたいに怪しげな光の粒が輝いていた。
彼女が言う「襲う」はたぶんそういう意味なんだろうけど、実際に私が襲われたことはまだ無かった。そもそも本気で言ってるのかもよく分からない。
「リリはサキュバスなのに、女の子が好きなの?」
「あら、別にいいでしょう? たまにはそういうサキュバスがいたって。あなただって、吸血鬼のくせに血を吸うのが苦手じゃない」
「まあ、それはそうだけど……」
そうなのだ。私は生まれてこの方血を吸ったことがたったの一度しかない。それももう随分遠い記憶だ。
「だからこうしてあたしがひと肌脱いでるっていうのに、あなたったらちっとも牙を立てようとしないんだもの。じれったいったらありゃしないわ」
「でも……やっぱり怖いよ。肌から直接血を吸うなんて……」
「ああもう、いいからこっちいらっしゃい」
「わっ」
腕を引っ張られ、ついでに足も尻尾で巻き取られて、私はリリの上に覆いかぶさるような格好をさせられた。彼女の肉感的な体つきに思わず目を背けようとしたが、何故か私の視線は彼女の細い首筋の辺りに釘付けになったままだった。
「ほら、ハグしましょ。緊張してるだけよ。その気になったらいつでも噛みついていいわ」
「う、うん……」
私は腕の力を緩めてリリの首筋に顔をうずめる。リリの匂い。桃みたいな香り。
彼女の身体は火照ったように熱く、柔らかい。
癖のある髪の毛が絡みつくように、私の頬を撫でる。
どうしてリリはこんなに優しいんだろう、っていつも思う。
血が吸えない私は、他の吸血鬼と一緒に暮らすことはできなかった。私に居場所なんか無かった。
ずっと一人で生きていくしかないって思ってたのに。
私はリリに出会ってしまった。リリは、私なんかに出会ってしまった。
情けなくて、少しだけ涙が滲んでくる。
「ごめんね、リリ」
吐き捨てるように呟いた。
「バカね、どうして謝るの? ミィナは何も悪くないじゃない」
「でも……こうして血を吸う練習に付き合ってもらってるのに、私、やっぱり怖くてできそうにないし……」
「いいのよ別に、そんなこと。ミィナが練習したいんなら付き合うってだけ。あなたが血を吸えるかどうかなんて、あたしは気にしないわ」
ここには確かに居場所があった。血が吸えない吸血鬼でも、リリの隣なら、私は私のまま生きることができた。
「ありがとね、リリ」
「どういたしまして」
背中に回された腕にぎゅっと力が入る。彼女の胸の柔らかさに、何故か安心感を覚える。
私はリリの首筋に唇を寄せ、もちろん牙なんか立てずに、そっと口づけをした。
「随分かわいらしい吸血ね」
リリはそう言って笑った。
男嫌いなサキュバスと血が吸えない吸血鬼 綾川ふみや @y_ayakawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます