最終話

「戦葉くん、一度大きく後退しなさい。ようやく、新たな武器ができた」


「随分長く感じましたよ。転送してください!」


 レンジは射撃を続けながらも、大きくバックステップした。

 やはり、腕を伸ばす距離に限界があるのか、急に攻撃の手が止んだ。


「これが、あのイヴィルズに対抗できる武器よ」


 銃が武器庫に戻され、その代わりに転送された武器を見て、レンジは驚愕した。


「な、なんすかこれ!?」


 これまで彼は、多くの武器をその手に掴んできた。

 古今東西、マニアックな武器にも触れてきたつもりだ。

 しかし、今手に持ったそれには全く見覚えがなかった。


 取っ手である長い棒状の部分に、三日月のように湾曲した先がついていた。

 それが少し間隔をあけて2つ取り付けられていた。

 湾曲した部分には、返しと呼ばれる複数の棘がついている。

 見た目は、4本角のノコギリクワガタのようだった。


 全体としての見た目は、主に警察などが犯人を捕まえる時に使用する「さすまた」に酷似している。


「それはマンキャッチャーという武器を、あれに対抗できるようにアレンジしたもの。

 あなたは見たことも聞いたこともないだろうけど、でも、大丈夫よね?」


 美玲奈は少しだけ口角を上げながら、レンジに問いかけた。


「あぁ、そうっすよ。分けわかんねぇけど、もう俺はこれを使いこなせます!」


 鉄で出来たそのマンキャッチャー改を、力強く握りしめた。


「胴体の中心を狙って、それを投げつけるのよ」


「了解!」


 マンキャッチャー改を持ちながら、レンジは走り出す。

 それに呼応して、マトリョーシカの腕も動き出した。


 今度こそレンジを捕えようと、四方から多角的に攻めることにしたようだ。


 しかしそれは、レンジにとっては好都合だった。


 何故なら、真正面に空間ができ、本体であるマトリョーシカの体を目視で捉えることが出来たからだ。


 そしてレンジは、やり投げのようなフォームで、マンキャッチャーを持った片腕を振りかぶった。


「くらえ、人形野郎!」


 レンジのバトルスーツが、「キュイィィィン」と鳴り始める。

 美玲奈がスーツの機能を一時的に上昇させたのだ。


 敵に向かって叫んだレンジは、マンキャッチャー改を投げつける。


 4本腕の間をスルスルと通り過ぎていく。

 まるでマトリョーシカに吸い寄せられるかのように、綺麗な一直線で飛んでいく。


 マトリョーシカは腕を縮ませて、それを掴もうとしたが、飛んでいくスピードの方が勝っていた。


 投げられたマンキャッチャー改は、見事にイヴィルズの胴体に突き刺さった。

 しかも美玲奈の指示通り、マトリョーシカの体の、丁度半分程度の所にヒットしたのだ。


 角のようなマンキャッチャー改の先は、敵の体に食い込んでいく。

 返しがあるので容易には外せない。


 さらに、投擲されたそれの勢いは止まらず、マトリョーシカの体を後方へと吹っ飛ばしていく。

 商店街を通り過ぎ、大通りまで吹っ飛んでいった。


 バトルスーツにより強化されたレンジの攻撃は、凄まじい威力だったようだ。


 そして車道のある大通りに飛ばされると、そこに設置されたガードレールにぶつかった。

 その衝撃で、異様なほどガードレールは凹んだ。

 かろうじて、ポールの先が地面に突き刺さったままになっていた。


 マンキャッチャーの先が、マトリョーシカの体を追い越して、ガードレールに突き刺さっていた。

 こにより、敵は身動きでない状態になっていた。


 それでも、このイヴィルズが表情を崩すことはなかった。


「……」


 独特な絵柄の少女の顔のまま、またも不自然に揺れだすマトリョーシカ。


「まさか、自分で割ろうとしてるのか!?」


「そのようね。けれど、大丈夫よ」


 美玲奈の言った通り、マトリョーシカはいっこうに割れることはなかった。


 何故なら、マンキャッチャー改によって体を押さえつけられているからだ。

 この武器のÙ字に曲がった部分は、2つ付けられている。


 その2つは、マトリョーシカの上半身、下半身をそれぞれ強く抑えてつけていた。


「このイヴィルズは、おそらく体の中心を起点として分離する。そもそも、マトリョーシカというものは、そういう工芸品。

 だから、中心部を挟むように押さえつけてしまえば、新たに個体を生み出せないと思ったの」


「さすがっすね。俺には思いつかないや」


 自ら分離することが出来ないことを悟ると、マトリョーシカは作戦を変更した。

 4本の腕を短く伸ばし、棒の部分に触れて、胴体から引き抜こうとしたのだ。


 しかし、その瞬間、マトリョーシカの体に強烈な電撃が流れ込んだ。


「……」


 声を上げることはなかったが、体が微かに焦げており、ダメージを受けているのは明らかだ。

 これにより、一時的に腕の動きも止まっていた。


 これも美玲奈の仕業である。


 美玲奈が遠隔でマンキャッチャー改に電流を流し込んでいたのだ。

 設計図を作成している時点で、このような展開になる、ということを予想していたのだ。


 イヴィルズが再度、腕を動かそうとすると、正面から自身に近づいている者がいることに気がついた。


 それは、先ほどまで圧倒していたレンジだった。

 軽くバトルスーツを損傷していて、微かに血が口に付着している。


 さらに、彼の手には手榴弾のような形をした物が握られていた。

 しかも、ピンはすでに抜かれている。


「じゃあな、お人形さん」


 レンジはそれを、少しは離れた距離から下から上へと投げた。


「……」


 それはマトリョーシカイヴィルズの顔に触れた瞬間、盛大に爆発した。


 大通りはこの騒ぎで車も人もいなかったので、確実に葬れる火力のある爆弾を、美玲奈はレンジに手渡されたのだ。


 爆発によってマトリョーシカの体は爆散し、ガードレールやマンキャッチャーの残骸も辺りに飛び散った。


 しばらく揺らめく炎をレンジは眺めていた。


 時間が経っても、新たな生命体がそこから生み出されることはなかった。


 つまり


「ミッション完了よ。お疲れ様」


「……やったのか。俺が、倒したのか」


 敵を倒した実感はある物の、どこか疑っている自分がいるようだ。

 彼は負け続けて、バスターになど慣れないと思っていた。

 しかし、今こうしてイヴィルズを討伐したのは、バスターである戦葉レンジなのだ。


「あなたがこの街を守ったのよ」


 大通りの先には市街地がある。

 あの時、レンジが撤退していれば、被害が広がっていたのは間違いない。


「俺が守った。……いや、美玲奈さんも、でしょ?」


「っふ、あなた欲がないのね。そうね、私たち2人で守りきった」


 手柄を独り占めしないレンジを見て、つい微笑む美玲奈。

 彼らはまだ、お互いのことを深くは知らない。

 けれど、彼らが協力してイヴィルズを倒したことは、紛れもない事実だ。


「それじゃあ、あなたは早く帰って来なさい。

 あとは、処理班を向かわせるから。

 体の傷、自分が思っているよりも酷いのよ」


「っう、終わったとたん痛んできた。

 か、帰ります……」


 倒しきった安堵もあってか、どっと疲れと痛みがレンジを襲う。


 汚れたバトルスーツは武器を持っていないレンジには重く、歩くのがかなり遅くなっていた。


 そんな彼をみながら、美玲奈はボソッと呟いた。


 その後、ヘルメットの画面に映っていた自分の顔を消去した。


「っえ、なんか言いました?」


「……ただのお礼よ」


 OPルームの様子は映し出されたくなったが、通信はまだ繋がっている。


「お礼? っえ、何て言ったんですか?」


「……」


 その後、美玲奈が喋ることはなかった。


「ちょ、え? こ、壊れたのか?」


 そんなことを知るよしもなく、レンジは1人で慌てていた。

 いっこうに返事がないので、仕方なく黙って本部へと戻ることにした。


 こうして、バスター・戦葉レンジとオペレーター・唯峰美玲奈の初陣は終わった。


 しかし、これは始まりにしか過ぎない。


 これからも、彼らは戦い続けていく。


 2人にしかできないことを探して。

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【短編版】オペレーションズ  高見南純平 @fangfangfanh0608

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