第6話「七瀬紫莉、囲まれる」
ようやく四限目が終わって、待ちわびた昼休みになった時の事。
「七瀬さん、こっちで一緒に食べない?」
離れた席にいる藍原さんからそう声を掛けられた。
振り返ってみれば、彼女の傍にはすでに二人のクラスメイトが座っている。
そこへ私みたいな新参者がお邪魔しても良いものかと迷ったものの、友達になってまだ一日しか経っていない藍原さんとはもっと仲良くなっておきたいし、このお誘いを断れば空気が悪くなる気もしたので、私は勇気を出して彼女達のグループへ混ざる事にした。
四つの机を引っ付けて作られたテーブルを挟んで、藍原さんと別の二人は向かい合うように座っている。そのため、私の座る席は必然的に藍原さんの隣になった。
「ごめんね、またお昼誘っちゃって」
藍原さんが申し訳無さそうに謝るのを見て、私は首を傾げる。むしろ、ぼっち飯を回避できたといった点ではこちらが感謝したいくらいなのに。
「せっかく友達になったんだから、七瀬さんには二人の事も紹介しておこうと思って。それにほら、これから一緒に何かをするってなった時に、二人の事を知らないとなんか気まずいじゃん? 逆にこっちも七瀬さんに絡みづらいし」
どうやら、これは藍原さんなりの気遣いらしい。昨日の事といい、彼女はめっちゃ優しい。
「じゃあ、まずはこっち、咲野華(さきの はな)」
さっきからずっとスマホを弄っていた咲野さんは自分の名前を呼ばれて、一瞬だけこっちを見たかと思うと、すぐにまたスマホの画面へ視線を戻したのであった。
ふんわりとしたウェーブのかかったミディアムヘアに、小顔と若干の垂れ目、小柄でなで肩と可愛い属性をぎゅっと詰め合わせたような子だ。見た目は柔らかそうな感じだけど、ちょっと話しかけづらい雰囲気がある。
「感じ悪そうに見えるけど、少し無口で不器用なだけだから、あんま気にしないでね? お次はこっち、日南芽郁(ひなみ めい)」
日南さんは歯を見せるように笑みを浮かべて、カメラを向けられているアイドルがやるような仕草で両手を振る。
「やっほー、よろよろだよ!」
咲野さんとは対照的で、すごく明るい性格だとひと目で分かる。
前髪を後ろへ流したロングヘアで、その綺麗なおでこと右目の下にある泣きぼくろがチャームポイントだろうか。大人っぽい顔付きをしているが、そのギャルっぽさと最初の挨拶のせいでノリの良いお姉さんみたいに見えてしまう。
「芽郁はめちゃお喋りだから、すぐに仲良くなれると思うよ。あと、めちゃ頭が良くて勉強できる。すげえ意外でしょ?」
「意外って言うなし。ついでに言うと、ウチは頭が悪いから、勉強を頑張ってるっつうの」
この二人のやり取りを聞いてか、咲野さんの口の端が少しだけ上がったような気がした。もしかしたらネットで面白い画像を見つけて、そういう口元になっただけかもしれない。
ともかく二人とも怖い子ではなさそうだと、私はほっと安心した。
最後に咲野さんと日南さんへの私の紹介が終わると、私達は昼食を食べ始める。
藍原さん、日南さん、そして私がお弁当を食べる中、咲野さんはサンドイッチ二切れといちごミルク一パックだけであった。彼女は一言も喋らない事もあって、誰よりも先に昼食を食べ終わるや否や、再びスマホを弄るのに集中してしまう。
お昼がそれだけでよく足りるものだ。小柄だから少食なのだろうか。
「ゆかっちに聞きたいんだけど、なんでこの学園に編入しようと思ったわけ?」
早くも私を渾名で呼び始めた日南さんがそう聞いてきた。
「理由は色々あるんだけど、一番の理由は、自分を変えたかったから、かな?」
「おっと、聞いちゃマズい感じ?」
私が曖昧な言い方をしてしまったせいか、日南さんは身構えてしまったようだ。
人に聞かせるのは恥ずかしい話だが、別に隠すほどの事ではない。
「ううん、全然そんな事ないよ。私、中学の時は両親の教育方針のせいでほとんど遊ばせてもらえなくてさ。毎日勉強ばっかりだったし、見ての通り私自身も大人しい性格だったから、まったく友達が作れなかったんだ。このままじゃ駄目だ、今の環境から抜け出さないとって思って、親の決めた高校への進学を振り切って、この学園に編入したの。口うるさい親から離れて寮生活もできるし、女子の誰もが憧れるこの学園でなら自分を変えられるかも、ってね」
「あ~、そういう系かあ。私の親もちょっと過保護だから、その気持ちすっげぇ分かるわ」
私の話を聞いて反応してくれる日南さん。
その一方で私の話に一切興味を示さずスマホの画面を見つめ続ける咲野さん。
この二人は本当に極端なほど対照的な性格をしているようだ。
「でもさ、ゆかっちに友達がいなかったってのは意外」
「えっ、そうかな?」
「だって、ゆかっちマジでスタイル良いし、顔も良いしさ、友達になりたい奴なんていくらでもいるっしょ。てか、メイクもすっげぇナチュラルなのに可愛いし、えっ、アイメイクとか何使ってんの?」
私は彼女から浴びせられた言葉の種類が多くて、何から答えたら良いか分からなかった。これが今時の女子トークというものか。楓先輩と話す時とはまるで感覚が違う。
「えっと、メイクはそんなにしてないというか、眉とかまつ毛は軽く整えているけど、化粧品を使うのはまだ早いかなって思ってて……」
「マジ? 素でそれなの? ヤバ過ぎでしょ」
「そんな、大した事ないよ」
「いやいや、マジで羨ましいわ。ゆかっちはもっと自信持って良いって!」
彼女の大袈裟な反応に同調するように、私の隣にいる藍原さんも大きく頷く。
「そうだよ、七瀬さんは身長が高くて恰好良くて、それに脚も良いし! たぶん、友達が作れなかったのも、そんな七瀬さんに近寄りがたい雰囲気があったせいで、みんな話しかけられなかっただけだと思うな。このクラスにもそういう子が何人かいるんじゃない? 実際、私も友達になりたかったけど、それで声掛けるタイミング逃してたし」
私はこの二人のように前向きな考え方ができなかった。
「どうかなあ、私、自分にそれほどの魅力があるようには思えないけど」
そう私が言った直後、日南さんが勢い良く立ち上がる。
「じゃあさ、試してみなきゃじゃん?」
一体何をする気なのか。そう思って日南さんを見守っていると、彼女はその場で教室内を見渡してから、クラス中の生徒に聞こえるような大声で「はい! みんな聞いてくれる?」と言い出した。
「ここにいるゆかっち、もとい七瀬紫莉さんがみんなと友達になりたいみたいなんだけど、編入生だからみんなと絡みづらくて困ってる、みたいな? だから、七瀬さんと友達になりたい人がいたら、今がチャンスだよ! ワンチャン、連絡先とかも交換できるかも?」
予想外の展開に、私は言葉を失った。
彼女の取った行動はまさに暴挙だ。私は藍原さんという友達が一人できただけでも満足だったのに、ここまでしてさらに友達を増やそうという気はなかった。もし、これで私と友達になりたいという子が現れなかったら、私は恥ずかしい思いをするどころではない。いや、もしやそれが目的なのだろうか。このクラスの中において編入生である私の立場を嫌でも分からせるという、カースト上位勢による洗礼なのでは?
それからまもなくして、その考えは杞憂であった事が判明する。
なんと信じられない事に、私の周りには人が集まり始めたのだ。しかも、最終的にはクラスのほとんどの生徒が集まって、自分の名前と好きな物とかの簡単な自己紹介をして、是非お友達になろうと言ってきてくれたのである。
またもや予想外の展開に言葉を失ったが、同時に嬉しい気持ちもあった。
編入初日から感じていた疎外感は私だけのもので、実のところクラスのみんなはこんなにも私を受け入れようとしてくれていたのだ、と。
ああ、編入初日に戻ってやり直したい。あの時、ほんの少しの勇気を出してクラスの子に声を掛けていれば、友達なんてすぐにできていたのだ。そうなれば、『百合になりたい部』なんて変な部活に入らなくて済んだのに。
ここ最近、何かと後悔する事が多いなと思う私なのであった。
『百合になりたい部』に入部させられた七瀬紫莉の高校生活 坂本裕太 @SakamotoYuta
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