第4話
秘訣は、人を大切にすることだった。
遠い地で、夢を追う時、漫才の技術やテンポといった事よりも、そこに居る人と如何に交流できるかということであり、そこにネタの台本は後付けされていくものである。
私は、東京のおばさんの家に何泊かさせて頂く事になる。
「おばさん、寝てたわ。」
いつになく早起きした私が、煙草を吸っていると、おばさんはそう言って起きてきた。東北弁というのは、何か温かみがあり、それでいてどこか芯を突いている様な気がしていた。
「あの子、もうすぐ来っだべか。」
あいつの登場を待つ我々と、その日の内容が、あいつによって決まるというルールが、いつからか芽生え始めていた。
「もう来ると思うんですけど。」
関西訛りの言葉で、無理に使う標準語に、若干、違和感を感じた。
「お邪魔します。」
ドアをノックして入ってくるあいつは、礼儀正しかった。
その時、私には、まだ漫才師になったという自覚はなかった。
「今日、どうすんねん。」
それが口癖になっていた。ファミレスに行ったり、パチンコに行ったりとあいつの日常に登場人物として入っていく快感に私は、東京にいる事を忘れた。
「おばさん、寝てっから好きなとこ行っといで。」
色んな人に出会った。何泊目かの日曜日の事である。我々は、浅草に行くことになっていた。浅草寺に行き観音様を拝んだ。帰りに天丼を食べて、その後、東洋館でトンキーホンクさんや中津川弦さんを見た。東京の笑いなんて笑いじゃないと思っていた時期が嘘の様に楽しかった。帰り道、銭湯に浸かり、その足で東京スカイツリーに上った。眼下に見える東京が、美しく儚かった。
私が見た東京は、怖いところでもなく汚いところでもなかった。人が日々を日常の中に一生懸命生きていた。そんな印象だった。漫才も同じである。その目の前にある事に如何に全力を注げるか。そこに計算や仕込みがあるのかもしれないが、やる時は一生懸命やる。
そこに於いては人生の教訓と何ら変わりはない。
全てを終えて、帰り道、夜もすがら私はあいつと違う喫茶店にいた。もう少しで泣きそうだった。あいつは東京に生きている。私は神戸に帰る。
その現実を突きつけられた時、夢から覚める前の様な、かつてあいつが東京に行くと言い出した時と同じ様な寂しさに駆られた。幻のコンビ、フューチャーズが成しえた功績など何もない。40を過ぎた私にとって、それはもうどうでもよくなっていた。寧ろ、その日を懸命に生きることを教訓に得た私は、戦いの場を神戸に置き換えた。
フューチャーズ 小笠原寿夫 @ogasawaratoshio
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