美乃のフヌケ日記〜また逢う日まで〜

二月二十日 曇り


もうすぐ二年生。

静かで平穏だった……とは言えない一年生も、あと一か月ほどで終わる。


クラスメートなど、ただの競争相手

勉強以外は全て不要


……の筈だった高校生活。


しかしフタを開ければ、珍妙で奇怪な事件に振り回された日々だった。


イジメに対する怨恨──

恋愛がらみのいざこざ──

自尊心の高さゆえの過ち──

あげくには幽霊まで登場する始末だ。


と関わってからというもの、毎日バタバタの連続で、落ち着いて勉強などできやしない。


誰って?


凪よ、滝宮・ナ・ギ……


いつも寝てて、「はぁ」しか言わないフヌケ大王よ。


四六時中ボーっとしてるくせに、やたら勘だけはいいんだから。

いわゆる、洞察力ってやつ。

これまでの事件も、ヒントは全部アイツが見つけてきた。

皆は私の事を名探偵みたいに言うけど、ホントはそうじゃない。

凪がホームズなら、私はワトソン。

そう……言ってみれば、狂言回しの役回りね。

交渉の前面に出るのは私で、アイツは必ず裏方に回る。

人見知りで、対話が苦手だから仕方ないんだけど……


でも……ホントにそれだけ?


もしかして、他に理由があるんじゃ……


そもそも……滝宮凪って一体、何者?


学校でのアイツしか、私は知らない。


どこに住んでるのか


家族はどんな人なのか


学校以外では何をしているのか


しょっちゅう一緒にいるけど


ほとんど何も知らない


アイツの事……


なんにも……



「美乃さん」


ほら、アイツの事考えてたら声まで聴こえ出した。


「美乃さん……授業始まりますよ」


「えっ!?あっ!」


飛び起きた私の眼前に、噂のフヌケ大王が座っていた。

どうやら、うたた寝していたようだ。

時計を見ると、休憩時間がもうすぐ終わる。


「やだ、私……ちょっと考え事してて……」


咄嗟にごまかす。

寝てたと思われるのが、何となくしゃくだったからだ。


「そうですか。疲れてたんですね」


特にいぶかる様子もなく、ニッコリ笑う凪。

いつになく、穏やかで優しい表情だ。

その顔を見た途端、私の胸に熱いものがこみ上げた。


何、コイツ!?


今日は、なんでこんなの?


いつもなら、「美乃さん、考えるとヨダレ垂らすんですね」とか、茶化すくせに。

なんか、全然……じゃない。


私は思わず下を向いてしまった。


その視線が……


見慣れているはずの眼差しが……


今日はやけに眩しい。


なぜだか無性に胸がざわめく。


だから、ついポロリと出てしまった。


日頃、思ってても絶対口にしないセリフが……


「ねえ、凪……前から聞きたかったんだけど」


な、なんだ!?

こ、声に出てしまったぞ!


「はい。何ですか?」


そう言って、振り向く凪。


いや、聞き返さないで!

なんで今日は、そんなになのよ?


「アンタ……いや、あなた……私のこと……」


おい、待て待て!

何を言うつもりだ、ワタシ!?


「わ、私の事……どう……思ってるの?」


ワーっ!ワーっ!ワーっ!

ぬわあーにィ言ってんだ、うわぁたしハぁぁっ!!

思わず口調が学斗になってしまったぞ!


首から上が、一気にキャンプファイヤーと化す。

顔のまわりで、何人ものがフォークダンスを始める。

しかも、動きがかなり早送りだ。

体中が熱くなり、クラクラと目が回った。


そんな私を、凪は不思議そうに見つめた。


「あ、いやほら、私たち……その、クラス委員だし……一緒に事件も解決したし……い、一応聞いておこうかなと……」


な、なんとか、ごまかさないと!

私は千手観音のように手を振りながら、必死に弁明した。


それを見て、凪の顔に笑顔が浮かぶ。


「勿論、尊敬してます」


真っ直ぐに私を見つめ、凪は囁くように言った。


そ、尊敬だと!?


初めて聞いたぞ、そんなセリフ!


いつから、そんな気の利いた事が言えるようになった?


「頭はいいし、何に対しても一生懸命だし、友達思いだし、それに……」


おいおい、ベタ褒めじゃないか!


なんだ、コイツ……オカシイぞ。


いや、明らかにおかしい。


何かのやまい……


そうだ。熱でもあるに違いない!


コイツは、こんな事言うヤツでは……


「それに……」


「そ……それに?」


私は思わず、凪の言葉を反復した。

オカシイのは確かだが……


……続きも気になる。


「それに……」


息を呑む私に、凪の顔が近づいてきた。

いつもは死んだ魚の目だが、今は北斗七星が輝いている。


「それに……」


笑いながら、「それに」を繰り返す凪。


……繰り返す?


ち、ちょっと待て、これって……


この流れって……


いつものパターンじゃね?


「それに……」


繰り返しのあとに来る、


そうか!


ふ……危うくだまされるとこだったよ。

まともな返事を期待した私が、バカだった。

やっぱり、フヌケはどこまで行ってもフヌケね。


「それに……」


おしっ!


ここは一発、強烈なツッコみをお見舞いしてやるぜ!


私は手首のスナップを効かせ、ツッコむ準備をした。


「それに……とてもです」


「アホかー!……って……えっ!?」


思いもかけぬセリフに、私は絶句した。

ツッコもうと振り上げた手が、空中で静止する。


「え、何?ち、ちゃあ……ちゃあ……ちゃあ……」


ひとしきり、チャーを繰り返す。

勿論、チャーハンでもチャーシューでも無い。


「ち、チャーミングって……わ、私が?」


顔が真っ赤に染まり、頭からは水蒸気が噴き出す。


「はい。とても……魅力的です」


そう言って、目を細める凪。


「最初に声をかけてもらった時から思ってました。素敵な人だなって……そしてこの人となら、どんな謎でも一緒に解決できるに違いないと確信しました」


そう囁く凪の顔が次第に近づく。


「ち、ちょっ……何!?」


私はしどろもどろで、目を丸くした。

首をひねろうとするが、硬直して動かない。

いつの間にか、髪が触れ合う距離にまで迫っている。


「美乃さん」


私は思わず目をつぶった。

鼓動が早鐘のように鳴り響く。


だ、だめ!

まだ……心の準備が……


「美乃さん」


肩に重みを感じる。

凪の手の温もりが、全身に伝播していく。


た、確かに、こんな状況を想像した事もあるけど……

でも……こんな、いきなり……


「美乃さん!」


語気が、やや荒くなる。

それと同時に、肩に振動を感じ始める。


ああ、揺れてる……

私が震えてるの?

それとも……


「よ、美乃さん!」


振動が次第に強くなる。

首がユッサユッサと揺れ、気持ち悪くなってきた。


いくらなんでも揺れ過ぎじゃね?


こんなに揺らしたら……


……?


「よ、美乃さん。お、起きてくらはい!」


いつもの聴き慣れたフヌケ声が、頭に響く。

私は、小さく「あっ」と叫んで飛び起きた。

まとまらぬ思考のまま、あたりを見回す。


ここは……屋上?


正座した凪が、目の前にいた。


「あれ?わたし……一体……」


「ずっと、うつむいたままでした。全然返事がありませんでした。それと……チャーチャー言ってました」


凪がぼんやりとした顔で報告する。


次第に思考がまとまってきた。


屋上……昼休み……


そうだ!


いつものように、昼食をとろうとしてたんだ。


皆を待っている間に、うたた寝してたのか。


今のは、全部……夢!?


夢の中の光景が蘇り、自然と頬が熱くなる。


「ああ、ゴメン。ち、ちょっと考えごとしてたもので……」


照れ隠しの言い訳を放つ。


胸中を甘酸っぱいものが広がった。


そっか……


夢だったのか……


私はうつむいて、唇を噛み締めた。


「よ、美乃さん、考えるとヨダレ垂らすんですね」


ふいに、凪が茶化すように呟いた。


「あんだってーっ!」


ビシっ!!


すかさずデコピンが炸裂する。

ウォーミングアップは、夢の中で終えたばかりだ。

額を押さえる凪を見ながら、私は苦笑いを浮かべた。


やっぱ


これが現実よね……


のは、もちょっと先か……


私は肩をすくめると、ため息をついた。


バアァーン!


その時、屋上の戸が勢いよく開いた。


「おっまたせー!美少女探偵団、ただ今参上ぉー!」


そう言って、浜野紀里香が飛び込んで来た。


「美乃さぁん!凪さぁん!」


朝霧百合子も、手を振りながら後に続いた。


「ふあーはは!むわぁたせたな、わが親友!」


しんがりの観音寺学斗は、腰に手を当て大声を張り上げた。


全く……


揃いも揃って、賑やかな連中だこと。

あと二年間も一緒だと思うと、先が思いやられるわね。


だが言葉とは裏腹に、美乃の顔には笑みが浮かんだ。


確かに忙し過ぎて、なかなか勉学に身が入らない。


どう見ても、入学時のこころざしをまっとうしているとは言い難い。


でも……


毎日が……


……楽しい🎵


皆と共に解決してきた事件の数々が、走馬灯のように脳裏をよぎる。

そこにあるのは、勉学では決して得られない満足感と爽快感だった。


仕方ないわね……


もうしばらく、謎解きに付き合ってやるか。


私は、潤んだ目で隣の凪を見つめた。


コイツ……と一緒に♡



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FUNUKEの凪 マサユキ・K @gfqyp999

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