凡夫
「……なんてなぁ訳はないんだよなあ」
自分の妄想に声を出して突っ込んでしまった。
目の前には真っ白なページ。進捗ゼロです。一文字も進んでいません。
まあ、趣味でやっていることだし、人と比較する必要は全然無いんだけれども。
「バケモンばっかかよ」
また独り言を言ってしまう。一人暮らしを始めてから、独り言が増えて困る。テレワークになって更に悪化している気がする。
去年から、小説を書き始めた。
ツイッターで相互フォローしているアズマさんの影響だ。アズマさんの作品や、彼女のリツイートする作品が面白くて、自分でも書いてみたいと思った。
小・中学生の頃、小説もどきのようなものは書いたことがあったが、もちろん人に見せたことはない。
それでもフットワークと思い切りは良い方で、アズマさんからの後押しもあり、小説投稿サイトに登録した。
最初に投稿するときは緊張したが、まずアズマさんが読んでくれて、彼女のアカウントで宣伝もしてくれた。150PVくらい見てもらえて、なんと感想ももらえた。
めちゃくちゃ嬉しかった。
それから、アズマさんと相互の作家さんたちと繋がるようになって、読んだり読まれたり、それは楽しく充実した創作ライフを送っている。
のだが。
正直に言うと、アズマさんと知り合うまで、Web小説のことをバカにしていた。所詮素人のお遊びで、プロの小説家が書くものには到底及ばないのだろうと。
だけど、読んでいくうちにそれがとんでもない勘違いだったと気付く。
例えば、柿原ヨウジさん。この人は短いSF作品を得意とする作家さんだが、とにかく異様に筆が早い。ついこの間新作を上げたと思ったら二日後には別の新作を上げている。意味がわからない。こっちは三ヶ月に一本書くのがやっとなのに。
それにさくらさん。彼女は恋愛を主軸としたドラマが得意だが、人物描写がえぐい。えぐいほどリアルなのだ。そんな会話想像で書ける? 実体験でしょ? と思うほどだが、それでいてワンパターンではない。たまに歴史モノとかを書いたときにも同じクオリティの描写があるのでもはや怖い。
ユッケマンさんはミステリ書きなのだが、とにかく知識量がすごい。なんでも知ってる。警察の捜査とか、見てきたかのように書く。もしかしたら関係者なのかもしれないけれど、それだけじゃなく、宗教から文学、スポーツ、最近のお笑いまで、ありとあらゆる知識を用いたトリックを書いてくる。しかもわかりやすい。
なかでもすごいのはsawadakさん。この人は、いわゆる天才だと思う。もう、発想がすごい。投稿サイトにはお題に沿った小説を投稿するイベントもあり、タイムラインのみんなもよく参加しているのだが、「そのお題からこんな話を!?」と毎回驚かされる。とにかくすべての作品が死ぬほど面白い。今度書籍化が決まったらしいが、当然だと思う。
と、こんな具合にやばい天才がゴロゴロいるのだ。
最初は書き終わって投稿ボタンを押すだけで満足していたが、こんなやつらと一緒の土俵にいると思うと、特に速筆なわけでも、強みがあるわけでもない自分が、ちょっとだけ情けなくなってくる。
だから、本当は彼らが
相変わらず、画面は真っ白で一文字も増えてはいない。
「……はああああ」
諦めて、ツイッターを開く。
そこでは異能持ちのバケモノたちが、わいわいキャッキャといつも通り楽しそうにつぶやいている。
適当にスクロールすると、誰かのリツイートした名言的なやつが目に入った。
『絵やマンガや小説をかいている人、自信を持って! ほとんどの人は自分で何かを創作したりしない、創作をするのは全体の1%なんだって。だから創作をして完成させている人はそれだけですごい才能なんだよ』
……まあよく見るような言葉だ。あまりにも陳腐だけど、ほんの少しだけ、心動かされてしまった。
「タイムラインの異能持ちたちも、実際はスーパーパワーなんかじゃなくて、本人の努力で書いてるんだもんなあ」
人の努力を軽視するのはいけない。
「とりあえず一文字でも書くぞ! やるぞやるぞやるぞ!」
今度はわざと声を出して、軽く両頬を張ってツイッターを閉じる。
その頃、タイムラインの異能持ちたちに「犬山さんって初投稿で五万字書いて、その後も三ヶ月スパンで十万字書いてくるのやばいよね、あれは異能」と言われていたことを、このときの私はまだ知らない。
異能と凡才 ナツメ @frogfrogfrosch
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