運動会で「かくれんぼ」があった村の話

こず ばっさい

月間オカルト 特別号 付録「田舎のホラースペシャル」

 ネクタイを緩めながら男性は話を始める。



※話者はこの時点で軽い酩酊めいてい状態、かつ地方出身のこともあり、非常に難解な方言で話をしている。そこで私の独断で、本題に関係のない箇所の削除、および標準語の文面に訂正していることを予め記す。



 私の村には変な風習……風習と言っていいのかな。

 まぁいいや風習っていって。

 ともかく風習があったんですよ。


 え? 

 あったということは、もうすでにないということかですって?


 鋭い質問ですね。

 んー、なんというか答えられないんですよ。

 私にもなんとも言えないと言うべきか。


 話進めていいですか?

 最後まで聞いて判断していただければと思います。


 ありがとうございます。

 それで、その風習というのがですね。

 運動会ってあるじゃないですか。

 あれの種目で『かくれんぼ』があったんですよ。

 変じゃないですか?

 そうですよね。変ですよね。


 いやまぁ当時の私は、親がいない関係であまり村の外を知らなくてそこまで変だとは……え? 


 親御さんはもういらっしゃらないのかって?

 あーそうなんですよ。父も母も、交通事故で『盆籍ぼんせき』に入ってですね。

 ハイハイ、質問しますよね。分かってますよ。

 『盆籍ぼんせき』って言葉私の村以外使わないらしいですからね。

 といっても、大した言葉じゃなくて、鬼籍きせきとおんなじ意味です。ほら死んだ人のこと『鬼籍きせきに入る』とかいうじゃないですか。あれの地方版っていうか。昔の習わしなのか、私の村って鬼という言葉を避けてるみたいで。よくわからないんですけどね。



※後日調べたが、「盆籍ぼんせき」という方言は他の地方では確認できなかった。

 ゆえに由来等は一切不明である。

 お盆に還ってくる祖霊となるから、その籍に入るという意味か?


※以降父親、母親の生前の話が続く。

 本題に関係ないので削除。



 まぁそれで私は唯一の親戚である父方の祖母に育ててもらってて、おばあちゃんが住んでる村にあった風習が運動会でかくれんぼをすることだったんです。

 ようやく話が戻ってきました。って私が話しすぎなだけか(笑)


 で、運動会の種目でかくれんぼをするんですけど、わけわかんないじゃないですか。どうやって点数にするんだってね。

 でも意外とそこら辺考えられてて、白組と紅組関係なく校舎内に隠れるんですよ。

 それで一定時間が過ぎたら、先生や親が……こう、顔に白布を垂らして校舎内を探し始めるんですよ。

 なんで白布をかけるんですかね。

 いまだにわからないです。



※顔に白布をかけるのは、死者の顔に白布をかぶせる「打ち覆い」をイメージしている可能性があることを記す。



 それで隠れている子を捕まえていくんです。

 で、見つかる順番が遅ければ遅いほど、高い得点が入るわけです。

 結構時間かかるんじゃないかって?

 それがあまりかからないんですよ。なんせ生徒が少ないんで(笑)

 学校があるのも不思議なくらいのド田舎ですから。

 全生徒合わせて20から30ぐらいの学校ですから、まぁだから校舎内に隠れるなんてことができるんです。

 そこに先生と親が大挙するわけですから、あっという間な訳です。


 それと、この種目制限時間が設けられててですね。だいたい30分くらいかな。それぐらいになると、学校のチャイムが鳴って終了になるんです。

 そしたらまだ見つかっていない、隠れている子も、校庭に集合するというルールだったんです。

 勿論そこまで残ったら、高得点です。

 それこそ白組、紅組の順位を入れ替える可能性があるぐらいには。

 だからでしょうね。生徒たちの中でもとても人気があって。

 目玉、みたいな感じになってました。


 それだけに驚きましたよ。村から出た後に、運動会でかくれんぼをした話をしたら不思議がられるんですもん。そうそうそん時の女がね…………。



※以降自分がモテた話が続く。

 本題に関係ないので削除。



 っとそうだそうだ。かくれんぼ、でしたね。

 続きを話しましょうね。

 実はこの種目、ある年を最後にしなくなりまして。

 私が4年生になるまではやってたんです。


 小学五年以降? 

 なんでかやらなくなりました。最低でも私が外に食い扶持を探しに村を出るまでの八年間は間違いなくやりませんでした。

 ●●さん。話したいのは、小四の運動会なんです。


 つまりは最後のかくれんぼが行われたときの話。


 その……多分なんですけど、同級生が消えちゃったんです。


 男性が話過ぎて渇いたのであろう喉を潤すため、ビールを一気にあおる。

 会話が再開される。


 どういう風に消えたかって?

 まぁ焦らず、先に全部聞いてくださいよ。


 で、続けますけど。その年の運動会もかくれんぼをしたんですよ。

 割と接戦でね。白熱してた気がします。

 それで、その消えちゃった同級生の子をそうだな…………Mちゃんにしましょう。

 そうか、Mちゃんの話をしなきゃか。簡単にお伝えするとですね。このMちゃんはとても可愛くて、昔で言うところのクラスのマドンナだったんです。二つ連なる泣きぼくろがとてもチャーミングで……。


 で、Mちゃんを含めたみんなが隠れることになったんです。

 私はテキトーな教室のロッカーに隠れました。それで扉を締めようと思ったその時に、Mちゃんが隠れるのが見えたんです。なんか色々な道具をしまう部屋ってあるじゃないですか、学校に。その部屋に隠れるのを見ました。

 上手いところに隠れるな―って子供ながらに思ってましたよ。


 それで……それがMちゃんを見た最後でした。


 かくれんぼが始まり、私はすぐに見つかりました。

 そりゃあロッカーなんて誰だって思いつきそうですもんね。

 まぁそのまま校庭に出て、他の子が見つかるまで待機ですよ。

 すると、一人二人と校舎から出てくるわけです。

 暇なんで、他の子と話して待ってて、そしたら学校のチャイムが鳴ったんですよ。そう、制限時間を過ぎてたんです。

 もうみんなして大騒ぎで、滅多にないことなんで。

 誰だ誰だとみんなで確認したんです。全校生徒合わせても極少数ですから、簡単でした。


 そしたらMちゃんがいない。


 だからみんなMちゃん凄いねーとか、戻ってきたら万歳だねとか言ってたんですけど、帰ってくることはなかったんです。

 というのも、先生が『Mは見つかったが、体調が悪くなったようだ。今日は早退した』って言ってきて。

 みんなして残念がってました。

 それで終わりです。

 次の年から、かくれんぼは無くなってました。

 特に理由の説明とかされなかった気がします。


 男性が空になったビールの追加を注文する。

 会話が再開される。


 問題は次の登校日からだったんです。

 Mちゃんの席がなくなってたんですよ。

 きれいさっぱり。

 五人だけのクラスで、いきなり一つ消えたらおかしいでしょ。

 他の奴らも訳が分からない表情を浮かべてて。


 あることないこと話してたら、先生が入ってきたんです。

 ……そしたら普通に授業を始めようとしたんですよ。


 勿論私たちは納得いかない。

 それで聞いたんです。『Mちゃんはどうしたんですか?』って。

 そしてら、先生が激高し始めて……。

 普段怒らない先生だったからとても怖かった。

 なんかよくわからない怒り方だったんです。説明できない。

 今振り返っても、そんなんですから。もう子供の頃の私たちは半べそで謝ることしかできなくて。


 まぁ結局先生も怒りすぎたって反省して、その話はお終いになりました。

 だってそうでしょ。

 また聞いて怒られたくないですし。

 学校の帰り道、みんな神妙な顔しつつ帰りました。まぁ結局、分からずじまいだし、話さないほうがよさそうだってなりましたけど。


 私? 私は納得がいかなくて、家に帰り次第、祖母に聞きましたよ。

 そしたら、『引っ越した』って言われましたね。

 今考えれば、そんな二、三日で引っ越しなんてできないと思うんですが、まぁ子供ですから、変に納得しちゃって。


 それ以降、同級生の間でも話題にならなくなって。

 薄情すぎるとか思いませんでした?

 でもみんなそんなもんなんじゃないですか。●●さんだって、子供の頃に引っ越した友達とか話題にずっとしてましたか?

 でしょ。


 男はハハハと笑い。枝豆をついばむ。

 会話が再開される。




※以降他の同級生についての話が続く。

 本題に関係ないので削除。



 まぁこれだけだと、変な話で終わりですよね。

 私も、これで終わりなら話したりしませんよ。

 だけどこれには後日談……っていうべきなのかな。

 十数年後の話が後日談っていうのかわからないですけど、まぁともかく追加の話があるんですよ。


 というのも実は去年の夏に祖母が盆籍ぼんせきに入りまして、葬式をするために本当に久々に故郷に戻ったんですよ。

 たまに帰郷してなかったのか? ですか。

 うーん、あまり(帰郷は)しなかったですね。年に二、三回祖母に電話するぐらいで、急逝だったもんでお見舞いに行くなんてこともなかったですし。


 まぁともかく本当に久しぶりに生まれ故郷に帰ったんですよ。

 久々の旧友や、村の人たちとの再会を喜びつつも、葬式は粛々と進みました。

 その後、通夜振る舞いのためにを食べてた時に、不思議……というか不気味なことが起こったんです。



※知らぬ読者のことを考慮し、予め説明する。通夜振る舞いとは、通夜後に参列者等が、故人と最後の食事を行う行為のことを指す。お清めや供養の意味合いがある。


※話者が「盆」と述べているが、後日改めて確認したところ、話者が住んでいた村では通夜振る舞いで口にする食事のことを盆と形容するとのことだった。

 後日調べたが、「盆」という方言は他の地方では確認できなかった。

 ゆえに由来等は一切不明である。



 盆を食べに来るのは、まぁ昔から我が家と関係があった人たちで、勿論私とは見知った仲なわけです。

 本当に久しぶりの再会でね。互いの近況報告をしたり、昔の思い出にふけっていたりしていたんです。それはもう、本当に大盛り上がりで。

 そんな中、足りなくなった酒瓶を補充するために、ふすまが開く音がしてですね。お礼の一つでも言ったほうがいいと思い、振り返ったんですよ。


 血の気が引きました。


 酒瓶を持ってきたのが……Mちゃんなんです。

 そうです。あのかくれんぼ以降会うことがなかったMちゃん。


 いや本当に驚きましたよ。

 タジタジになりながら、久しぶりと言ったんです。


 そしたら、Mちゃんは何て言ったと思います?


 誰ですか? って。


 そう言い返されたんです、そっけなく。


 まさかそんなこと言われるとは思ってなくて、棒立ちになってたら、他の村の人たちも大笑いしながら、誰と間違えたんだ―とか言い始めたんです。

 でも絶対、目の前の女性はMちゃんなんです。

 チャーミングポイントを、二つ連なる泣きほくろを私が見落とすはずないのに……。


 男は消え入りそうな声で、そういうと、冷めた焼き鳥を食べた。

 会話が再開される。


 でも結局、その場の雰囲気に流されて、深く追求することなく元の席に座ることになったんです。

 え? その時、その女性の名前は教えてもらわなかったのかですって?

 教えてもらいました。Mちゃんとは全く違う名前でした。

 でもどうみても、彼女はMちゃん本人だったんです。



※本来であれば新しく登場した女性のことを違う名で呼ぶべきなのだが、話者がMと呼ぶことに強くこだわったため、その意見を尊重し以降もMと名称することにする。



 その時の私は納得なんてしていませんでした。

 だってどう考えてもMちゃんなんですから。

 だから盆を食べながら交わす会話で、Mちゃんについて聞こうとしたんです。


 でも上手くいかない。

 いや、まぁ私の話し方が下手っていうのもあるんでしょうけど、それ以上になんていうんでしょう。避けられるんです。露骨に話題をずらそうとする。


 だから私、だんだんイライラしてしまって、絶対にごまかせないように、最期にMちゃんを見た運動会でのかくれんぼをした話をしたんです……してしまったんです。


 私は人生で二つ大きな後悔をしていますが、そのうちの一つがこれです。


 男は煙草に火をつける。

 その手は震えていた。

 会話が再開される。


 その話をした途端、それまで騒がしかった部屋がシーンとなって、その場にいた人たちが……みんな無表情なんです。

 それで、ただただ私のことを見つめている。

 あまりにも異様な空気に、身体が硬直したのを覚えてます。

 そしたら、隣にいた人がボソボソと何かつぶやいたんです。

 まるでそれがきっかけのように、周りの人もボソボソと話始めた。

 次第に大きな声になっていき、ようやくなんて言っているか聞こえたんです。































 『かくれんぼなんてしていない』


 そう言ってました。

 もう私はパニック状態です。

 もう訳が分からなくて。

 頭がぐわんぐわんして……。


 男が吸い殻の火を消す。

 会話が再開される。


 目を覚ますと、通夜振る舞いの最中でした。

 なんでも私は酒の飲みすぎで、酔いつぶれてしまっていたそうです。

 つまりなんです。夢。だったようです。

 でも、改めて確認しようという気分にはならなくて……恐ろしくて。

 最後まで、Mちゃんのことも、かくれんぼのことも聞くことはできなかった。


 それで次の日には私は、逃げるように、村を後にしました。

 え?

 Mちゃんとは村を出る前にもう一度会えたのか?

 いや、それが探してもどこにもいなくて。

 だから相まみえることは叶いませんでした。


 ……二つ目の後悔はこれです。

 私はもっとMちゃんを探すべきだったと今では思っています。

 というのも、やっぱりあの子はMちゃんだったんですよ。

 なんでそう言い切れるのか?

 証拠があるんです。

 ほらこの手帳に……。


 男はクタクタになった手帳の最後のページを開く。

 そこには「私を忘れて」と小さく書かれていた。


「いつの間にか書かれていたんです」


 一瞬の沈黙。

 会話が再開される。


 話はこれで以上です。

 結局、あれが本当のことだったのか、夢だったのかはわかりません。

 あれ以来、私は村と一切連絡を取ってないです。


 唯一の親戚だった祖母も盆籍ぼんせきに入ってしまった今、村との関係もなくなりましたしね。金輪際、帰ることはないと思います。


 …………………………。


 …………それで。

 それで●●さんはどう思います?

 何をって、始めに聞いてきたじゃないですか、私が村に運動会で『かくれんぼ』をする風習あったと言った時に。


 ●●さん、質問してきましたよね。


 『あったということは、もうすでにないのかって』


 どう思います?

 私の村に……あそこに風習はもうないと思いますか?

 かくれんぼはもう……終わったはずですよね?


 会話はここで終わる。

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