第26話 病気

「初めまして、カローナ夫人。シビックと申します」


グレイに剣術を教えた後、夫人が俺に会いたがっていると聞かさる。

まあ特に断る理由もなかったので、彼女の私室へセーヌに連れられやって来た。


金の髪と青い瞳のカローナ夫人。

やせ細ってはいるが、彼女はセーヌにどことなく似た面立ちをしてた。

まあ親戚なのだから当たり前なのかもしれないが。


「わざわざ会いに来て貰ったのに、こんな格好でごめんなさいね」


「いえ、どうかお気になさらずに」


彼女の頬はこけ、その顔色は悪い。

どうやら起き上る事すら儘ならない程に体が弱っている様で、カローナ夫人はベッドの上に横たわったままだった。


体調が悪いのなら、セーヌも俺を彼女と会わせようとしたりはしなかったはず。

つまりこれが平常、下手をしたら良好の状態という可能性すらある。

病弱だとは聞かされていたが、俺が思っているよりずっと深刻な状態の様だ。


「シビックさん。セーヌとケインの事、助けて下さったんですってね。本当にありがとう」


セーヌ達は俺に助けて貰ったという事を、カローナさんに話している様だ。

夫人が俺に会いたがったのはその為だろう。

甥姪を救って貰った感謝の言葉を、自分の口で言う為に。


「ぜひ私から何かお礼がしたいのだけど……何か欲しい物はないかしら?」


「俺は当然の事をしたまでですから、お気になさらないでください」


ペイレス家からも、そこそこ十分な報酬は貰っている。

気持ちは嬉しいが、追加で何かを貰う気はなかった。


「人助けが当然の事……か。ふふ、まるで童話に出て来る聖騎士様の様ね。セーヌの言っていた通り」


「聖騎士だなんて、そんな大げさですよ」


「セーヌが言っていたわ。清廉潔白で高潔な方だって。この娘ったら、ずーっと貴方の話ばかりしているのよ。ふふふ、若いっていいわねぇ」


「お、お、お、伯母様!」


夫人の言葉に、セーヌが目に見えて狼狽する。

どんな話をしているのやら。

その慌て様から、盛大に話を盛っていそうな事が容易に伺える。


何せ聖騎士呼ばわりだからな。


当然俺はそんな人間ではない。

損得勘定もあれば、酷く面倒くさそうな事だったら普通に避けもする。

まあごく平凡な一般人だ。


「そ、そうだわ!伯母様、例の吸血鬼なんですけど……実はもうシビックが退治してくれた後だったのよ」


気まずさからか、セーヌが話題を変えようとする。

ま、あんまり変わっていない気もするが。


「あら、そうなの。ますます本当に聖騎士様みたいねぇ」


「いえ、たまたまギルドからの依頼を受けただけですから」


「是非とも、貴方の武勇伝を聞かせて欲しいわ」


「武勇伝だなてとんでもない」


ヴァンパイア討伐や、その後の闇の牙との戦いの事を聞きたいとカローナさんにせがまれたので、俺はその時の事を話した。

別段面白い内容などはないのだが、彼女ははそんな話を楽しそうに聞いてくれる。


30分ほど話しただろうか。

カローナさんの顔色が更に悪くなっていき、息が荒くなりだす。


「ごほっ、ごほっ……ごめんなさいね、咳が……」


「伯母様!?お医者様を呼んできますわ!」


セーヌが慌てて部屋を飛び出していく。


「シビックさん……う……はぁ……はぁ……」


「なんでしょう?」


「私はもう、そんなに長く……はぁはぁ……長くないの」


寝たまま話を聞いていただけで、こうも状態が悪くなるのだ。

先が長くないというのは事実なのだろう。


「あの子を……セーヌの事を……うっ……く……お願いします。どうか……」


苦しげに呻きながらも、カローナ夫人はセーヌの事を俺に頼んで来た。

少し前に闇の牙と揉めて、彼女は呪われている。

同じ様な事が起きないかきっと心配なのだろう。


ここは俺に任せて下さいと言って、彼女を安心させてあげるべきなのかもしれない。


――だが、そんな約束は守れない。


ジョビジョバ家との事がある以上、ペイレス家のセーヌとはある程度距離を置かなければならないからだ。

だから何があっても俺が彼女を守るなんて事は、俺には約束できなかった。


だけど――


「それはお約束できません。ですが、俺の手の届く範囲で努力する事だけはお約束します」


「それで……十分よ……ありがとう……」


そう言うと、カローナさんは意識を失ってしまう。

程なくして、セーヌが医者を連れて戻ってきた。

ここに居ても邪魔になるだけだと思い、俺は一声かけて部屋を後にする。


「エリクサーさえあれば……」


部屋に戻ってから、備え付けのベッドに寝転んで俺は呟く。

奇跡の霊薬――エリクサー。

それがあれば、カローナ夫人を救う事も出来るかもしれない。


だが現実的ではなかった。

現状この国にあるエリクサーは一つを除き、全て王家が保有していた。

例え上位貴族所縁の男爵夫人だろうとも、それを手に入れるのは不可能である。


何故なら、エリクサーは王族の為だけに使われるからだ。


唯一例外があるとするなら――


それはジョビジョバ家にある1本だけだ。

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スキル【ズル】は貴族に相応しくないと家を追い出されました~もう貴族じゃないので自重しません。使い放題だ!~ まんじ @11922960

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