熱中症警戒アラートにご注意ください

ちびまるフォイ

熱中への荒療治

『今日は熱中症警戒アラートが出されています。

 みなさん、注意して過ごしましょう』


「まじか。暑くなるんだなぁ」


天気予報を見ながら歯磨きを終えて仕事に向かう。

熱中症警戒アラートが出ているので道中の自販機で水を買った。


日差しは暑く、500mlペットボトルの水は会社へ着くころには飲みきってしまった。


「さて、仕事するか」


自席について仕事をはじめた。

なんだか今日はいつもと体の調子が違う。

良いわけでも悪いわけでもない。ただ集中力があった。


「……い」



「……おいって!」


肩をゆすられてはっとした。


「……あ、先輩」


「さっきから呼びかけているのになんで返事しないんだよ」


「すみません、全然気づいてませんでした」


「この距離で? 耳元で言ってたんだぞ」


「あはは。集中していたんですかね」


「……って、ちょっと待て。お前の顔……」


先輩はまじまじと自分の顔をのぞきこんできた。


「まちがいない。お前、熱中症だよ」


「え? いやいや、そんなわけないでしょう。

 ちゃんと水分補給してますし、食欲もあるし、なんならいつもより集中力もあります」


「バカ! そっちの熱中症じゃなくて、熱中するほうの熱中症だよ!」


「はい!?」


「いつもはゾンビのような顔をして帰りたいとつぶやくお前が、

 こんなに仕事へうちこめるなんておかしいだろう。

 ほら、お前の顔を見てみろ。熱中症になっている証拠があるだろ」


先輩はスマホのカメラで俺を撮影してみせた。

自分の額には誰が書いたのか"熱中!"という文字が浮き上がっている。


「これが……熱中症?」


「熱中症になると何にでも本気でうちこむように熱中するんだよ。

 悪いことはいわない。早く病院へ行ったほうがいい」


「ははは。先輩もおおげさですね。

 熱中するなんてむしろいいことじゃないですか」


その後も先輩はなんども警告していたが、

ふたたび集中モードに入ると熱中症の影響からか声は届かなくなった。


「すごい! 熱中症でめちゃくちゃ熱中できる!!」


普段はいかに仕事をしているふりをしてサボれるかを考える俺が、

こんなにも仕事に熱中できるなんて考えられない。


時間があっという間に過ぎて昼休みになったが、

あまりに熱中してお昼を取ることすらわずらわしくなった。


それでもお腹は減るので仕方なく席を立ってコンビニへと向かう。

おにぎりの並んでいる棚を見ると、ここへ来て熱中症が発症する。


「ぐぐ……おかかに鮭、明太子にツナマヨ……! どれを選ぶべきか……!!」


おにぎりを選択することにすら熱中してしまう。

ぐるぐると頭の中でさまざまな議論がかわされて、

最終的にいなり寿司を手に取るときには昼休みが終わっているほどに熱中していた。


午後からも熱中症は自分の体にアクセルをかけつづけ、

熱中しすぎて気がついたころには会社の照明が落ちる深夜になっていた。


「もうこんな時間なのか。気づかなかった」


席を立とうとしたとき、熱中から解き放たれた疲れがドンと体にのしかかった。


「ぐぅっ……! なんだこの体のだるさは……っ!!」


今までは熱中していて気づかなかったが、体はとうに疲れのSOSをあげていた。

あまりの疲れに家に帰ることもできずに会社で一泊。


翌朝に目が覚めるとふたたび熱中症で仕事に打ち込み始めた。

熱中する体とは裏腹に心はどんどん疲労していく。


「ひぃぃ! 熱中したくない! 休ませてくれぇぇ!」


短距離走のスピードで長距離を走らされているような感覚に襲われる。

体は疲れているのに、熱中することをやめられない。


今日も今日とて、ぐったりするまで仕事に熱中してしまった。

気がつくと照明の落ちたオフィスで机につっぷしていた。


「うう……これはやばい……熱中しすぎて体を壊してしまう……」


ろくに疲れも取れないままに熱中して頑張りすぎる。

こんなのを続けていけばいつか体が壊れてしまう。


けれど明日になればふたたび熱中症が顔を出して、ノンストップで頑張ってしまうだろう。


「こうなったら……熱中症になるしかない……!」


泥のように会社で眠った翌朝。

熱中症は昨日の疲れもガン無視で息継ぎゼロで仕事に熱中させていく。

なにかにとりつかれたように仕事へ熱中させ続けていくかに思えた。


急に手足がふるえはじめて、頭がクラクラしてきた。


「や、やった……ついにきたぞ……」


座っていることもできなくなり、そのまま床に倒れてしまう。


「おい大丈夫か!? 救急車! 救急車ーー!!」


オフィスで先輩が叫んでいる。

救急車に乗せられると救急隊員が声をかける。


「どうしてこんなになるまで水分補給しなかったんですか!

 熱中症を知らないんですか!?」


「誰よりも知っているつもりです……こうするしかなかったんですよ」


熱中しすぎる熱中症から解放されるにはこの方法しか思いつかなかった。

倒れて熱中できない状態になれば良い。


ひとたび入院すれば、熱中とは無縁の世界。


熱中しすぎる場所から距離をおければ、

ゆっくり時間をかけて熱中しすぎる熱中症を治療できる。


「作戦どおりだ……へへ」


身をていした作戦はみごとにはまり、病院へと運ばれた。

かけつけた医者は診断を進めていく。


「なんて重度の熱中症なんだ。屋内でも熱中症のリスクはあるんですよ」


「わかっていますよ。だからこんなに頑張ったんです。

 先生、これで俺は入院できますよね?」


すると医者は顔を横に振った。


「いいえ、私がすぐに今の熱中症を治してもとの生活に戻します! 任せてください!!」


「いや俺はもっとゆっくりでいいんですけど……」


「なにを言っているんですか。めまいにけいれん、辛いでしょう。

 私が必ず、全力をもって、全身全霊をかけて治療してみせます! すぐに!!」



熱く語る医者の額には「熱中!」の文字が浮き出ていた。

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