この音色が誰かの心に響くまで

属-金閣

この音色が誰かの心に響くまで

 ある日の帰り道、私は地元の駅の外でギターを弾いている方に遭遇した。

 その人の前を通ると何故か足が止まってしまった。

 その人が奏でる音は、どうしてか私の心に響き、足を止めて聴き入ってしまったのだ。

 でも、そこで足を止めるのは私だけで、他の方々は見向きもせず通り過ぎて行く。

 ギターの音が奏で終わると私は何もする事はせずに帰宅の道に戻った。

 この日以降、毎日その方の前を通ると必ず足が止まって、その方が奏でる音を聴き入っては何もせずに帰るという繰り返しが続いた。


 ある日、私は音を聴き終えるとその方に近付き、一枚のコインを渡した。

 だが受け取って貰えず、その方は顔を隠しておりこちらを見てもくれなかったので、足元にそっと置いて帰った。

 数日後にその方が私に急に近づいて来た。

 そして、一枚の紙を渡された。

 そこには荒っぽい字で文章が書かれていた。


「私は耳が聞こえません。貴方がコインをくれた事に気付けずごめんなさい。私は人の心の音が見えるのです。その音を私が奏でているだけなのです。ですので、私は貴方が欲する心の音を奏でただけですのでコインは頂けません」


 それを見た私は、その方を見ると軽く頷く。そして、その方はいつもの定位置へと戻って行き、ギターを持ち音を奏で始めた。

 その後私はこれまで通り何も言う事はせず、その方の音を聴き終えた後帰宅した。

 だがある日、その人が突然と姿を現さなくなってしまう。


 その方が突然居なくなった事で、私に何か変化がある事は無いと思っていた。

 だが、私はいつものように聴けていた心に響く音がなくなり、おかしくなり恋しくなり始めた。

 そして私は日に日に、その方が奏でる音に惹かれていたのか、その音が奏でられるその方に惹かれていたのか分からなくなっていった。

 その人が居なくなって、数ヶ月が経過した。


 私は日に日に疲弊していった。

 何が原因か分からず、ただただ同じ日々の繰り返しで疲れていたんだと今振り返るとそう思う。

 そんなある日、駅の外であの方を見つけた。

 すると体が自然とその方が弾く方に引っ張れる様に歩き、目の前で音を聴きいった。

 そしてあの音色を久しぶりに聞き、私の中で溜まって、うずめいていた何かが浄化された様に体が軽くなった。

 私はその方に近付くとその方は私の行動に驚き、体を少し退かせたが、私はカバンから紙を取り出し見せつけた。

 そして、即席で文字を書いて私がずっと持っていた気持ちをその方にぶつけた。


「私は貴方の音を聴くきつれて徐々に惹かれていた。でも、それは貴方の奏でる音かなのか、その音を奏でられる貴方なのか分からずにいた。そんな、私の中でも分からない事を貴方にこんな形で伝えるのはどうかと思うけど、伝えずにいたら貴方は、またいなくなってしまいもう現れないかもしれないと思ったら、この想いのまま伝えたいと思ったの」


 私はその気持ちを殴り書きその方に見せた。

 今思えば馬鹿な事をしたと思う、その時は殴り書きで一部読み取れないし、ただの自己満足であったと思う。

 でもそれを読んだのか、私の息切れした真剣な眼差しを見て返事をしたのかは分からないけど、あの方は紙に返事を書き出した。


「貴方が今持っている気持ちは、とても大切な事。その気持ちは私が決めるものではない。貴方が決めなければいけないもの。その結果は誰も文句は言えないし、言わないものだ」


 そのままその人は私の目を見てから、続きを描き始める。


「貴方には特別な感情がある。他の方とは違う感情がある。それを持てたのは、私に出会ってからかもしれないが、貴方が持つべきものだったんだ。」


 その文章の意味は、私には分からなかったが、その方は目を潤ませて書いていた。

 嬉しかったのか、悲しかったのかは今でも分からない。

 そしてその方はそのまま顔を伏せて、再びギターで音を奏で始めた。

 私は少しその場で音を聴き入ってから帰宅した。

 この日以降、その方は二度と姿を見せる事はなかった。

 そして一週間後、とあるニュースが私が住む世界中に報じられた。


「速報です。遂にこの世界の害であった人間種を絶滅した事を確認出来ました。速報です――」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ――五年前



 私はこの世界では憎い存在として認知されている人間種だ。

 そして私はこの世界を素晴らしくする為に、ロボット作成を手伝った学者だった。

 だが、ある日そのロボット達が知能を持った。


 一年も立たず、遂に我々人間をも凌駕する知識と意識を持ち、人間種が害と判断し排除しだした。

 その後人間種はロボットから隠れるように過ごし、生き残っていた。

 だが私は彼らとの対話を諦めず、友好の道を模索し続けた。

 しかし、仲間が一人また一人と消えて行き遂に私一人だけになった。

 そこで私は過去の研究で音楽を使った実験を思い出した。

 あの頃ロボットに音楽を聴かせる事で、様々な感情を持たせる事に成功し、友好な関係を築ける個体がいた事を。

 そこで私はギター片手に、ロボット達が人間の様に住む場所で身分を隠し、感情を持ってくれ友好な関係を持てるロボットを探し続けた。

 だが、その成果は出る事がなく三年の月日が経過した。


 世界から人間種は更に減少し、既に両手で数えられる程となっていた。

 そんな中、私は懲りずにギターをロボット達に向けて一方的に奏でていた。

 この頃は既に趣味の様になっており、そのロボットを見て外装からどんな感情を持っているかを勝手に弾いていただけだった。

 そして自分はいずれ殺される運命が待ち付けると分かっており、今の行動に意味が無くても最後まで続ける事を決めていた。


 だが、そんな運命がある日変わった。

 とあるロボットが私のギターの音色に足を止めたのだった。

 私は驚いたが、それは顔に出さずそのロボットへ向けて音を奏でた続けた。

 奏で終わるとそのロボットは何もせず去って行く。


 次の日もそのロボットがやって来て、そんな関係が数日間続いた。

 そんなある日私はいつものように足を止めてくれるそのロボットに対して音を奏でた。

 そしてギターを弾き終えると、そのロボットが近づいて来てコインを置いていった。

 まさかの行動に私は顔を上げずに、ギターを弾き続けた。

 私はあのロボットに何かを与える事が出来たのではないかと一人内心で喜んだ。


 次の日私は、そのロボットを見つけて自分から近付いてある手紙を渡した。

 それはコインのお礼と、自分が行なっている事を伝えた。

 自分は身分を隠しているが、私の事を忘れないで欲しいと思い起こした行動だった。

 そして私はこれから、これまでの日常が変わり希望の光が広がっていくと思っていた。

 だが、次の日だった。


 人間種がいるという噂を聞きつけて、見回りに来ていた警備ロボットが近くにいる事に気付き、一時的に私は身を隠すことにした。

 だが、私には心残りがあった。

 あのロボットに、やっと何かを伝えられたのに、またゼロになってしまうのではないかと。

 しかし、私はここに来て自分の命が惜しくなった。

 やっと自分の行動が報われたと思ったら、これからもっと変えられるのではと、欲が出ていたのだ。


 それから数ヶ月後。

 周囲の警戒が緩んで来たので、再び同じ場所でギターを弾いているとあのロボットがやってきた。

 そしてそのロボットから、ある紙ををもらった。

 そこには紛れもない、そのロボットの感情がこもった文章が書かれていたのだった。

 私は堪えていた涙をこぼしながら返答した。

 その後、私はまた定位置に戻りギターを感情のまま弾いた。


「(私の音が、あのロボットに感情を与えられた! ロボットだって何かに感銘を受けて感情を持てるんだ! まだ、希望はあるんだ!)」


 私は俯き涙を流しながらギターを弾き続けた。

 これからもこの音を弾き続ければ、あのロボットの様に他のロボットにも感情が芽生えると希望を持った夜だった。

 しかし次の日私は、寝床の隠れ家で待ち伏せされロボットたちに捕まってしまった。

 そして監修所に連れて行かれ、現在も閉じ込められている。


 私の命は明日終わる。


 そこで私は、今までの事を書き残している。

 簡単にいえば遺書のようなものだ。

 しかし、これが残るかは分からない。

 だが、誰かが見ているなら書いた意味がある。

 そして、私が成した事が誰かに伝われば本望だ。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 私がこの文章を見つけたのは、偶然だった。

 そこに書かれていた事に私の胸は『ドキドキ』した。

 理由は、昔に会ったギターで音を奏でてくれるあの方が人間である事、こんな事を思っていた事に驚いていたからだ。

 そして私は今、自分がロボットである事を認識している。


 今はあの時芽生えた感情を失くさずに、あの人が行っていた事と同じ事をして世界中を旅をしている。

 あれから私と同じ様に感情が芽生えたロボットはいないけど、私は同じ感情を共有出来るロボットがいると信じています。

 だから、貴方が持った希望は私が引き継いでいますよ。

 それだけ伝わっていれば幸いです。


 そして私は今日もギターを弾きます。

 この音色が誰かの心に響くまで。

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