地上5mからはお金持ちの制空圏内

ちびまるフォイ

雲の上の存在

今日も空の上を歩くのは金持ちばかりだった。


「ああ、あんなふうに俺もなりたいなぁ」


それぞれの人間がかせげるお金に応じて制空権が決まってから、

地上5mまでは自分のような一般庶民の制空権内。


それ以上となると、空を歩ける靴を履いたハイクラスの人たちが生活している。

毎日自分の足元に庶民を見下ろす気持ちはどんなものなのだろうか。


ある日の昼下がり、天気も良いので公園でお昼を食べていた。

なんとなしに空を見上げたとき、空を歩いているスーツの男が胸を抑えて苦しみ始めた。

空中歩行ブーツを傾けてしまい一気に落ちていった。


「だ、大丈夫ですか!?」


慌ててかけよると運よく木が緩衝材になって受け止めてくれていた。


「今、救急車呼びましたから!」


男に声をかけたが反応はない。意識を失っているようだ。

目に入ったのはハイクラスの男が履いている空中歩行ブーツ。


「これさえ手に入れば……俺もハイクラスの人間に……!」


魔が差すまえに、男のブーツを自分のものにしていた。

地上のアスファルトを踏みしめていた生活から、空気を踏みしめる生活へと早変わり。


「これがハイクラスの景色……! 最高じゃないか!」


空での生活が基本なので景色はもちろんのこと、

地上の薄汚れた空気や人がいないので洗練されている。


週末にはなんだかわからないパーティに参加したり、

よくわからないセミナーに参加して自己啓発したりと、

かつての意識低い自分がどんどん削ぎ落とされてまとう空気感もハイクラスへと変わっていく。


ハイクラスの友達もできた。


「君はこの空の中でも非常に見どころがあると思う。

 どうかな。さらにもっと高い空で生活してみたくはないか」


「ほんとうか!?」


「君さえよけれだけどね、それと……ん? なんの騒ぎ?」


社長の開いている立食パーティで他の人がなにか揉めている。

人混みのほうへ行くと、空警察に男が羽交い締めにされていた。


「離せ! 離せーー!」


「貴様、経歴詐称していたな! 騙せると思うな!」


「あんな地上じゃチャンスなんて巡ってこないんだよ!

 ハイクラスの人脈がなくちゃ意味がないんだ!」


警察は強引に男のブーツを脱がすと地上へと落としてった。

ハイクラスの人たちはそれを汚いものでも見るような目で見送った。


「やれやれ。私たちのようなハイクラスに肩を並べたいからといって身分を偽るなんて。

 地上のいじきたない精神というのは隠しきれないんだな。君もそう思うだろう?」


「え、ええ……そうですね」


自分のように経歴をごまかした人間がどうなるかを見て気が気ではなかった。

地上5m未満にある自分の家に戻るためにブーツを脱ぐときは、ますます誰にも見られていないか警戒した。


地上に戻って家に帰る途中だった。


「〇〇くん? あ、やっぱり〇〇くんだ!」


「え……もしかして……」


「ほら、中学のとき同じクラスだった××だよ! 久しぶり!」


帰り道に懐かしい同級生と出会った。

かつての初恋などとは言えずに、お互いの近況を話し合った。


「じゃあまたね。また連絡する!」

「うん」


ハイクラスの空で背伸びしない普通の会話を久しぶりにした気がした。

無理をしないのがこんなに楽しくて楽だとは思わなかった。


「俺って、どっちの生活がいいんだろう……」


迷いながらもハイクラスへの憧れを捨てることもできず、

毎日ブーツを履いて空に舞い上がってはハイクラスの友達と時間を過ごした。


ある日、話があるとハイクラスの友達に呼び出された。


「それで、話ってなに? もしかして……前に誘ってくれたさらに高い空にいけるって話!?」


「いや……そうじゃないんだ。実は恋愛相談で……」


「れ、恋愛相談!?」


「実はこの人にひとめぼれしてしまったんだ」


見せられた画像には前に再会した同級生が映っていた。


「この人って……」


「そう、下層の子なんだ。でもひとめ見たときから彼女のことが気になって……。

 いっそこのブーツを捨てて地上に行こうかとも考えている」


「なっ、何言ってるんだよもったいない! 恋に身をほろぼすにはリスクでかすぎるだろ!」


友達が地上に堕天してしまえば、これからの自分がさらにハイクラスになる可能性も失われる。

それだけは避けなくてはならない。


「俺がなんとかしてみせるよ」


「なんとかって……どうするんだ? 相手は地上で、私は空で生活しているんだぞ」


「生活圏なんて関係ない。それに地上にコネクションがあるんだよ」


「なんて頼もしいんだ……本当にありがとう!」


コネクションというか、自分がただ橋渡しするだけなのは口が裂けても言えなかった。

ハイクラスの友達と別れるとブーツを脱いで地上に降り立つ。


かつての同級生を呼び出し、彼女がハイクラスの男性から魅入られていることを伝えた。


「私が? そんな話……信じられると思う?」


「本当なんだって。一度あってくれないか!? 上層と話せる機会なんてそうないじゃないか!」


最初はあやしんでいた彼女も徐々に熱量に根負けして会うことに。

レンタル用のブーツを渡し、友達と同級生とのデートは何度もされた。


「……で、その後はどうなんだよ。最初こそ取り次いだけど、今の関係って聞いてなかったから」


「本当に感謝してる彼女には私達の世界にはない視点や考え方があって知り合ってからますます好きになった」


「それはよかった。結婚式には呼んでくれよ」


「実はその話で今日は呼んだんだ。来てくれるかな」

「え、結婚するの!? おめでとう!」


「お礼を言いたいのはこっちの方さ。結婚して落ち着いたら君を必ずさらにハイクラスにしてみせるから」


「本当か!? ありがとう!!」


人に親切にすべきだなと心から感じた。

結婚式には幸せいっぱいのムードで満ちていた。

最初こそ自分への利益のために始めた仲人だったが、こうして幸せになれた人がいて本当によかった。


結婚式もフィナーレを迎えたときだった。

式場のドアが乱暴に開けられて黒い服を来た人がぞろぞろと入ってきた。


「〇〇というやつがここにいるはずだ!!」


自分の名前を呼ばれてびくっと肩が動いたのを見られてしまった。


「貴様! 本当はこの空に立てる人間でもないのに経歴詐称していたな!!」


「そ、それは……!」


「証拠は上がっているんだ!! お前がいるべき世界は地上だ! 落ちろ!!」


強引に靴を脱がされ、地上へ落ちそうになったとき。

花婿の友達が腕を掴んでくれる。


「離すな!! 約束したはずだ! 君をハイクラスにするって!」


自分の体重と重力に引っ張られて友達も空からズルズルと落ち始める。


「だれか! 誰か手を貸してくれ!! 大切な人なんだ!!」


友達は叫び、真っ先に見たのは俺と同じ地上出身の同級生。

花嫁の同級生は俺と友達の様子を見て顔をひきつらせた。


「なんで地上の人間なんて助けようとするの!? 

 あなたも本当はハイクラスじゃなくて、地上出身なんでしょ!?」


「そんなこといいから早く……!!」


「いやよ!! せっかく……セレブの仲間に入れると思ったのに!

 経歴詐称している人となんてこれ以上一緒になんていられない!!」


彼女に蹴られた友達と一緒に、俺はもといた地上へと落ちていった。

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