夜の公園で

きと

夜の公園で

 図書館で本を選んでいたら、すっかり遅くなってしまった。

 腕時計を見ながら高校生の少年、大平たいへいは家路を急いでいた。

 大平は、少しだけ本が好きな平凡な少年だ。

 勉強そこそこ。運動そこそこ。大平という名前の通り、大体平凡だ。

 そんな大平は、公園に入る。ここの公園は家までの近道なのだ。

 夕暮れに染まっていく公園の遊歩道を急ぎ足で通り抜けていく太平。

 だが、ある茂みの前で足が止まる。その茂みに入って木々の間を抜けて行けば、更なるショートカットが可能なのだ。

「こっちから行くか」

 そうつぶいて、大平はしげみへ入っていく。

 しばらく、木々の間を歩いていく。

 もう少しで、本来の公園の遊歩道に戻るというところで、大平の急いでいた足が再び止まることになる。

 なぜなら、木を背にして座るフードを被った人影があったからだ。

「うわっ!?」

 完全に予想外の出来事に、大平は思わず叫び声をあげてしまう。

 どうした方がいいのだろう。

 偏見へんけんだと言うのは重々承知じゅうじゅうしょうちだが、ホームレスとかだったらかえってこちらに危害を加えてくるのではないか、と少し怖くなる。

 だが、本当に気を失っていたり、急病だったら?

 大平はほほを叩いて気合を入れてから、

「あの~大丈夫ですか?」

 と、気合いを入れた割には弱々しく話しかけた。

「ん? ああ、ありがとう。大丈夫だよ」

 人影は、大平の声に答えると、ゆっくりと立ち上がった。

 どうやら、声から察すると女性のようだ。

「あの、女性の方ですよね? こんなところにいると危ないですよ」

「お気づかいどうも。だが、しばらくここにいたが、声をかけてきたのは君だけだし、大丈夫だとは思うがね」

 こんな辺鄙へんぴな場所で何をしていたのか気になるが、とりあえず命の危険はないようだ。あと、このままこの人と話してると、何かめんどくさそうだ。

「じゃあ、僕はこの辺りで……」

 そう察した、大平はその場を適当に離れようとする。

「いやいや、ちょっとまっておくれよ。面白い話があるんだ」

 しかし、捕まってしまう。

 大平は、気づかないように小さくため息を吐くと、しぶしぶ話を聞くことにした。

「なんですが?その面白い話って」

 こんな怪しい人の面白い話とか、胡散臭うさんくさ金儲かねもうけの話だろう。

 だが、そんな太平の予想は、大きく外れることになる。


「なに、君をヒーローにしてあげようと思ってね」


 ……何を言っているんだこの人は。

 それが、太平の素直な感想だった。

 あれか? 胡散臭い金儲けで大金持ちになって、金銭的にヒーローになるとかいう話か?

 太平の中で、この女の人助けなきゃよかった、という想いがより強くなる。

 太平の怪しい人を見る視線など、どうでもいいのか女性は続ける。

「君は妄想したことはないかい? 例えば、学校にテロリストがせめて来たらどう動くかとか。漫画を読んでいて、こんな能力があれば自分はどうするかとか」

「……、」

 それは、ないと言えばうそになる。恐らく、誰でも考えたことのあるありふれた妄想だ。そして、そんなことあるわけないと、いつしかそんなことを考えなくなる。

「私はね。そんな妄想上のヒーローになるための力を授けることができるんだよ」

「はい……?」

「まぁ、信じられないよね。そりゃそうだ。こんな人間、君の前に現れたことないだろうしね」

 女性は、クスクスと笑う。

 ヒーローになるための力を与えられる?当然ながら、にわかには信じられない。というか、黒いフードを被って顔の見えない女性から何を言われても、怪しいというイメージは拭えない。

「でもね、私は噓なんか言っちゃいない。ちなみに、そのヒーローの力を使うこともできる。ほら」

 女性は、軽い感じで言うと。

 フワフワと宙に浮かんだ。

「なっ……!」

「信じる気になったかい?」

 女性は、フードを被っていて口元しか見えない。

 だが、たしかにするどい視線を感じる。

 大平は蛇ににらまれた蛙のように動けなくなる。

 女性は、大平に手を伸ばして、告げる。

「さぁ、君もヒーローにならないかい?」

 ヒーロー。

 それは、優しさをもち、男気に溢れて、世界を背負う覚悟があり、絶望に屈しない心を持つ。

 そんなヒーローに憧れないわけがない。

 ……しばらく、静寂せいじゃくの後、大平は、答える。

「断る」

 大平は、平凡な人間だ。でも、この平凡を愛している。友達と一緒に遊んで、家族と一緒にご飯を食べる。

 それだけ十分だ。

 世界を救うヒーローなんて、そんな器じゃない。

「……ふふ、そうか。なら、私はここらで失礼しよう」

 そう言って、女性は茂みの奥の遊歩道へと消えていく。

 大平は慌てて女性を追いかけてみるが、もうどこにも姿はなかった。

「何だったんだ……?」

 その疑問は、ただ夜の闇に消えていくだけだった。

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夜の公園で きと @kito72

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