上からの命令に従っただけです。俺は悪くないんです。

@HasumiChouji

上からの命令に従っただけです。俺は悪くないんです。

「ええっと……被告弁護人。被告人が急死したとの事ですが……何が起きたのですか?」

 裁判長は私にそう問い掛けた。

「そ……それが……昨日、私と被告人が、この裁判についての打ち合わせしている最中に……被告人が急に震え出し呂律が回らなくなり……」

「は……はぁ……」

「救急車を呼んで病院に搬送した所……」

「つまり、昨日の内に、治療の甲斐なく被告人は急死したのですね?」

「いや……それが……」


 その依頼人は、いわゆる「ネット右翼」だった。

 芸能人・政治家・作家・漫画家その他の有名人でない人物としては、驚異的な数のSNSフォロワーが居たのだが、閣僚の1人をセクハラ・性的暴行で告発した女性……その閣僚の元政策秘書……を散々揶揄したのが運の尽きだった。

 その女性から名誉毀損で訴えられたのだ。

 その時になって、彼は、自分がどれだけ調子に乗っていたかを自覚したようだ……。

 そして……。


「だから、貴方の言ってる事を裏付けるモノは何1つ見付かりませんでした」

「そ……そんな……」

「携帯電話の通話記録、メッセージアプリやメールサーバーやWEB会議アプリやビデオチャットのログ、全て取り寄せて確認しましたが……貴方の言う『上』からの連絡が有った形跡は皆無でした」

「ま……待って下さい……。俺は……本当に『SNS上で、あの女の信用を落すような書き込みをしろ』と云う『上』からの命令に従っただけなんです……。でも……民事で起訴された途端に……『上』は俺を見捨てたみたいで……何の連絡もしてこなくなって……」

「そもそも、貴方の言う『上』って何者なんですか?」

「た……多分……政府機関……だと思い……ます」

「はぁッ?」

「俺がやった……SNSへの書き込みは……全て……『上』からの命令だったんです。俺には、何の責任も……」

「もう、敗訴は決ったも同然です。あとは、反省による情状酌量を狙うか……さもなくば、精神鑑定で責任能力を欠いている事を証明するか……」

「せせせせ……責任……能力ぅぅぅぅぅ? ああああ……あの……おおおおお……俺が……ききききき……気○いだと言うんですかかかかかか……?」

「貴方の言う『上』が存在してる証拠が無いんですよ」

「そそそそ……そんな馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬なななな……。ううううううう『上』『上』『上』『上』はッはッはッはッ確実に存在存在存存在在……」

「あ……あの……落ち着いて……深呼吸して下さい……」

「は……は……は……は……はいいいいいいッ。はああああああッ。ふううううううッ」

「落ち着きましたか?」

「は……はい……」

「では……念の為、確認します。貴方の言う『上』からの指示は、どう云う手段で来たのですか……」

「そ……それは……もちろん……」

「もちろん?」

「もちろん、もちろん……」

「あの……」

「もちろんもちろんもちもちろんもちろんもちろんもちもちろんろんもちもちろん♪」

「あ……あの……」

「ああああああ……おもおもおもおもいだせないおもいだせないおもいだせないおもいだせないないないない〜ッ」

「ちょ……ちょっと……」

「ひ……ひひひひぎぃ……」


「なるほど。では、念の為、状況を確認します。間違っている点が有れば指摘して下さい」

 依頼人が担ぎ込まれた病院の医師は、私から事情を聞くと、そう言った。

「この患者さんは、今、裁判沙汰に巻き込まれていて、貴方と患者さんの関係は、弁護士とその依頼人、と」

「はい」

「で、貴方は、患者さんに裁判で敗訴するのは確実だ、と説明したら、患者さんが、この状態になった、と」

「ええ……」

「患者さんに高血圧や高血糖の症状が有るかは御存知ですか?」

「いえ……」

「でも、あの体だしなぁ……」

「えっ?」

「症状からして、パニック障害か……一時性脳虚血です」

「あの……パニック障害は判りますが……その……」

「一時性脳虚血とは……早い話が、脳梗塞の一歩手前です」

「えっ?」

「そして、高血圧や高血糖の人が脳梗塞を発症した場合、そうでない場合より重症化する傾向が有ります」

「そ……そんな……」

 私の依頼人は……控えめに言ってもデブだった。

 そして、医師は電話……おそらくは内線……をかけ……。

「血液検査と、CTとMRIでの検査をします。CTの方が別件で塞がっているので、MRIの方が先になります」


「お名前は?」

 検査技師は、私の依頼人にそう聞いた。

「ぱぱぱぱぱぱぱぱぱパパミルクですですですすすす……」

「はぁっ?」

「それは……本名じゃなくて、SNSのアカウント名でしょ」

 私は、そう指摘した。

「すすすすすすいませんすぐぐぐぐにおおおおおもいだせ……」

「わかりました。骨折などで、体に金属のボルトなどを埋め込んだ事は?」

「あああありません」

「臍にピアスなどしてませんよね?」

「はははははい」

「最近、大きな怪我をして傷口をホッチキスで縫合してたりは……?」

「ああああありませんんん……」

「あの……これは、測定の際に強い磁気を発します。金属の持ち込みは厳禁です。金属を身に付けていたり、医療行為やピアスなどの装飾品として体に金属を付けていたり、埋め込んだりましてませんよね?」

「ははははははははははははいいいいいいいいいッ」

 そして……検査が始まった次の瞬間……明らかにMRIの動作音では無い凄まじい音が轟いた。


「あ……あの……被告人は、搬送された病院で……検査中に急死しました」

「検査中?」

 私の説明に対して、裁判長は……そう問い返した。

「どう云う事ですか? たまたま、検査中に死んだ、と云う事でしょうか?」

「ええっと……その……」

 一体、どう説明すれば良いのか……?

 などと……。

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