第14話
僕らの住んでいる森の周りには、いくつもの山が連なって、ずっと先まで続いている。僕と君はまだその端を見たことがない。僕らはそれがずっと先まで続いているということを知っているだけで、それが実際にどこまで続いているのかは知らなかった。ただ漠然と、果てしなく続いている、という知識があるだけだった。どこかに端があるのらしいけど、その端を実際に目にしたことのない僕には、山はどこまでも果てしなく続いているように思えた。きっと君も同じような感情を抱いているだろうと思う。
山は、その山肌をほとんど全部木で覆いつくされている。だからそこは全部森であるわけだった。そしてそのところどころでは、高いところから低いところに向かって川が流れていた。川が流れているところは基本的には谷になっていて、つまり川を越えると、川の下流に向かって歩かない限りは登りの斜面になる。僕らはいまそこに差しかかっているわけだった。
それでも途中まではなだらかだったから、比較的楽に進むことができていた。だけど途中から勾配がきつくなってきて、君はさすがに走るのをやめた。一歩一歩山を登っていく。だけどその速度はめっぽう速い。僕は、もうだいぶ息が上がっている。それでも倒れ込んでしまうほどじゃない。まだまだ、君について行かなくちゃ。その一心で足を前に出し続けた。結局、君はその山の頂上を越えて、また走り始めた。さっき「もうちょっと」って言ってたはずだけど、とさすがに思ったけれど、でも、君が進む限り、僕も進み続けるしかなかった。
君がようやく立ち止まったのは、月が天頂を超えて、もうそろそろ光がなくなる、という頃だった。月が傾きすぎると、背の高い木の下にいる僕らのところまでは光りが届かなくなる。君は、走り出したときと同じように唐突に、今度は立ちどまった。
「よし、今日はここまでにしよう」、と君は言った。僕はどっと仰向けに倒れ込んで、荒い呼吸を繰り返す。もう一週間分は走った気分。でも君は、今日は、って言ったから、たぶん、明日もまた走るんだろうな、と思ってすこし憂鬱な気分になった。
寝転がったまま君を見ると、君は一点を見つめていた。僕もそちらを向くと、そこに、ちょうど洞穴があった。
「あそこで寝よう」と君は言った。君はあれを見つけたから立ち止ったのかな、と僕は思った。それとも、君は初めからあの洞穴のことを知っていて、わざわざ川を渡ったのだろうか。
ねえ、君は知ってたの? と僕は尋ねた。
「この穴のこと?」
うん。
「いや知らなかったよ。でもなんとなく、こっちのほうにあるって感じがしたんだ。安全な場所が」
ふうん。
どうもよくわからない話だったけれど、それは実際に存在した。もし何もなかったら、おっちょこちょいというか、ただの変な話だけれど、本当にあったから、それは不思議な話だった。
それは、木の声を聴いたの? と僕は尋ねた。
「さあ」と、君は言った。ちょっと機嫌を損ねたみたいだった。あまり聞かないほうがいいのかな、と思って、それ以上は聞かなかった。僕らは洞穴の奥へもぐりこんだ。
中は暗くて、音がよく響いた。僕らが立って歩くのに充分な高さがあった。幅も結構広かったけれど、奥行きはそれほどなくて、しばらく歩くとすぐに行き止まりになった。振り返ると、入口が見えた。入口はまだ大きかった。つまり、大した距離は歩いていないということ。僕らはそこで寝ることに決めたのだけれど、地面は湿った土だった。ここに寝そべるのはあまりにも心地悪いだろうと思ったから、僕らはそれからせっせと落ち葉を集めて洞穴の中に運び込んだ。落ち葉を敷けば少なくともしばらくの間は土の湿り気からは逃れられるだろうと思った。しばらくして、とても簡単なベッドというか、間に合わせの就寝スペースを作った。僕らはそこに横になる。落ち葉ががさがさと音を立てた。僕らは上から何も被らずに横になる。洞窟の中はほんのりと暖かかったし、焚き火をしないといけないほどの寒さは、もう少し先のことだった。
アオイオチバ maruo @maruohome
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