第13話

 君は、それから僕を見て、手招きをした。僕にも登ってこいということらしい。君に言われたから、もちろん僕も木に登った。君のいる枝の根元まで来たところで、僕は止まった。君はもう僕を見てはいなくって、また対岸をじっと見つめていた。これから起こることは明らかだった。君がなにをやろうとしているのかはもうほとんど自明のことだったし、僕も同じことをやらなければいけないということも同じくらい明らかだった。僕は小さくため息をついて首を振った。そしてその後は、固唾を飲んで君を見守っていた。

 君は自分の乗っている枝を上下に揺すり始めた。体をふっと浮かせてから体重を下に落とすと枝が沈み、その反発でまた上がってくる。それに合わせて君はまた体をすこし浮かして、また体重を落とす。すると枝はさっきよりも深く沈み込む。それを君は三度ほど繰り返して、次の瞬間、向こう岸へ向かって大ジャンプした。距離は、四メートルくらいあったとおもう。高さも四メートルくらいあったから、まあいけなくはないかなというところだったけれど、でもそれはやっぱり大ジャンプだった。僕らがいくら普段から森で遊んでいるとはいったって、そんな危険なことはほとんどやったことがなかった。君がすごく身軽だってことは知っていたけれど、それでも君が跳んだ瞬間には心臓が縮みあがるくらい緊張した。君は、見事に対岸に着地した。向こうの川岸のぎりぎりのところに足を突いて、そのまま上体を前に倒れ込ませた。君はすぐに立ち上がって、振り返ってこちらを見る。さすがに待ってくれるのだな、と少し安心。僕もすでに枝の先のところまでは進んでいた。君がジャンプした軌道を頭に再現しながら、心を落ち着けて、それから、君がしたのと同じように枝を揺らし(枝が折れないか、すごく怖かったけれど、これをしっかりやらないと今度は川岸に届かなくなる。だから、自分の感覚を信じて枝の耐久力のぎりぎりを攻めなくちゃいけなかった)、そして大ジャンプ。いくらいつも森で遊んでいるとはいっても、こんなことはやったことがなかった。なぜやったことがないかって、危ないからだ。それをこんな暗くて、気持ちの落ち着いていないときにやるなんて、君の精神は常軌を逸している、と僕は思った。そんな君に急かされるようにして、僕はいま、跳んでいる。軌道としては降下の一途をたどっているから、飛んでいるとは言わないのかもしれないけれど、この浮遊感は、鳥のような翼を付けて飛ぶよりも、ずっとスリリングな体験だった。心臓が空っぽになるみたいな感覚。僕はだんだんと君に近づいていく、君のいる川岸に。一度飛んでしまったらあとは軌道に変更が利かないから、着地点はほぼ想像できる。どうやら足を伸ばせば、足の裏は川岸に着くことはできそう。でも、胴体の方はだいぶ怪しかった。もしかしたら、着地はできても、そのあと川にざぶんと落ちてしまうかもしれない。着地のときの衝撃をうまく前にもっていかないとな、と僕は考えていた。手を上げて、着地の瞬間全身全霊で前に倒すことにした。その力で、もしかしたら前に倒れられるかも。――君をみると、君がこちらに手を伸ばしていた。だから、僕もとっさに手を前に伸ばした。――

 君が着地したときよりもすこし大きい音を立てて、僕の足は川岸に着地、僕が前に伸ばしていた手を、君はしっかりと捕まえてくれた。僕の体が後ろに倒れ始める前に、君は思い切り僕を自分の方に引っ張った。僕はそのまま前に倒れ込んだ。

 二人とも、けがはなかった。君は立ち上がって、服や髪に付いた土を払っている。僕も立ち上がって、自分が生きていることを確かめる。腕と足が、しっかりと生えている。このとき、想像もしていなかったほどの安堵感が僕に押し寄せた。

 僕が立ち尽くしていると、君が僕の服の前面に着いた土を払った。それから、二人とも川の水を水筒に汲んだ。

「さあ、もうちょっと走らなくちゃ」、そういって、また君は走り出した。君は、いつだって前向きだ。僕も気をとり直して、君の後ろを走り出した。

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