第12話 かくれんぼの終わり
誰かが肩を強く揺さぶるので、僕は目を覚ました。
「お兄ちゃん、休みだからって寝過ぎよ」
僕の顔を覗きこむ可愛らしい女性の顔があった。
それは成長して大人になった葉子の顔であった。
僕はその顔を見て、勝手に涙が流れるのを覚えた。
それを見た葉子が不思議そうに首をかしげた。
ちょっと気味悪そうな顔をしている。
「お兄ちゃん、ちょっと変よ。すごい寝汗だし。早くシャワー浴びて朝ごはん食べちゃってよね。お昼から映画観にいく約束でしょ」
そう言い、葉子は部屋を出ていった。
僕はパジャマの袖で涙を拭った。
あれは夢ではなかったのだ。
どこから夢でどこまでが現実か僕にはわからない。
だが、僕は過去を変え、未来も変えたのだ。
ためしにスマホであのときの事件を検索してみた。
若きエリートビジネスマンの狂気の犯罪が新聞や週刊誌の記事になっていた。
巡回中の警察官が職務質問中に偶然凶器を発見し、逮捕にいたったというものだった。
逮捕時にすでに四人もの少年少女が犠牲になっていたという。
葉子はその次の犠牲者になるかもしれなかったのだ。
あの夢食みジャックとの出会いが過去を変えるきっかけになったのだ。
僕がリビングに降りていくと新聞を広げて、くつろいでいる父がいた。
葉子が死なずにすんだので当然、父も事故死することがなくなったのだ。
僕はまた涙が流れそうになるのを我慢した。
父からしたらあの悲惨な未来はもちろんしらないことなのだ。
こんなところで一人ないていたらおかしな人になってしまう。
僕はシャワーを浴び、たっぷりとかいた汗を流した。
ふとした瞬間にあの夢食みジャックの酒焼けした声が脳内に甦る。
やはりあれは現実だったのだ。
あの記憶は僕の中にたしかに存在する。
服を着替え、僕はキッチンに向かった。
そこにはエプロン姿で朝食を作る母がいた。
「こんなに遅いのは珍しいわね」
にこやかに母はテーブルに朝食を並べた。
そこには元気な母の姿があった。
あの精神を病んでいた母の姿ではない。
同じように年をとっているが、元気で明るい母の姿だ。
昼になり、僕は葉子と一緒にとあるショッピングモールに併設されたシネコンにいた。
妹はポップコーンとドリンクを二つ買ってきた。
葉子は薬指と親指で器用にポップコーンをつかんで食べていた。
どうしてそんな食べ方をするのかと訊くと、妹は今日のお兄ちゃん変だねといった。
二十年前のある日から急に人差し指の感覚がなくなったというのだ。
その指はあの事件で犯人Aに切り取られた部分だ。
過去に戻るのに夢食みジャックに代償として支払ったっものだ。
だから生き残った葉子の指が動かなくなっているのだ。
夢食みジャックはきっちり対価をもっていったということだ。
映画を見終わった僕たちはショッピングモールで買い物を済ませた後、帰路についた。
その帰り道である。
「お母さん、今日の晩御飯はカレーだってさ。お兄ちゃんの好物だね」
スマホの画面を見ながら、葉子は言った。
妹の声を見ながら、僕は見慣れた白猫を見つけた。
どこかの家の壁の上に白い猫が眠っていた。
「あ、ヨウコ……」
思わず僕は白猫のヨウコの名を呼んでしまった。
白猫は僕の顔を見ると親しげにニャーと鳴いた。
その後、どこかに走り去ってしまった。
走り去る直前、また僕の顔をちらりと見た。
「うん、お兄ちゃん呼んだ?」
葉子が僕の顔をのぞきこんだ。
「あ、ごめん。なんでもないよ……」
僕は言った。
「変なお兄ちゃん」
ふふっと妹の葉子は微笑んだ。
そうか。ヨウコは僕にお別れの挨拶をしに来たのだ。
さよならヨウコ。
ありがとう、元気でな。
僕は心の中で白猫のヨウコに別れを告げた。
夢食みジャック ハングドマンとかくれんぼの終わり 白鷺雨月 @sirasagiugethu
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