第11話 あの頃の妹

 妹の背中を見つけた僕は急いで駆け出した。

 だが、思ったよりもスピードがでない。

 僕は自分の足元を見た。

 小さい足だ。

 手も見る。

 手のひらも小さかった。

 それは子供のものだった。

 そうか、僕は夢食みジャックの力で昔に戻ったが、過去の自分に精神だけが戻ったもので六歳の子供なのだ。


 思うように動かない体に無茶をしながら、僕は全速力で駆けた。


 心臓がバクバクと鼓動し、肺が痛い。

 けどそんなことは言っていられない。

 今あの小さくなっていく妹を見失うわけにはいかない。

 せっかく夢食みジャックの力でやり直せるのだ。決して諦めるわけにはいかない。

 

 僕は両腕を思いっきりふり、全力で妹の背中を追う。

 ぜえぜえと息が荒くなり、心臓が痛いがそんなのはおかまいなしだ。


 どうやら妹を連れているので、その大人もそれほど速く歩けないのが幸いした。


 僕はついに追い付き、妹の手をつかみ、その大人の手を振り払った。

「駄目だ、葉子。そいつにはついていってはいけない」

 僕は汗を流し、肩で息をしながら言った。

「お兄ちゃん、どうしたの」

 葉子はきょとんとした顔で言った。


 葉子の手を握っていた男が驚愕の表情で僕を見ている。


 僕はその男の顔を見た。

 やはりあいつだ。

 若い時の犯人Aだ。


 彼は高級スーツに身を包み、髪も整髪料できっちりと整えられている見るからにエリートビジネスマンであった。

 右手の腕時計も海外のブランド物であった。

 清潔感あふれる端正な顔立ちのこの男が実は少年少女を食い物にする犯罪者だとは誰も思わないだろう。

 だが、間違いない。

 奴は妹を手にかけた犯罪者だ。


「どうして葉子をつれていくんだ」

 僕は妹と犯人Aとの間に割って入った。


「どうしてってかい。それは妹さんが迷子になっていたからだよ」

 犯罪者Aはいけしゃあしゃあと言った。


「嘘だ。おまえは葉子を殺すつもりだろう。他にもいっぱい殺しているくせに」

 僕は思わず、奴を目の前にして言ってしまった。

 しまった、もっと自分の感情をおさえるべきところなのに。

 二十年もの恨みがそうさせてしまった。

 だまって妹だけを連れ帰ったほうがよかったろうに。


 僕の言葉を聞いた後、犯人Aは柔和な笑みを浮かべていたその顔が如実に変化した。

 人を見下す冷酷な殺人者の暗い瞳だった。

「君、大人にそんなことを言ってはいけないな」

 そう言い、僕の首に手をかけようとする。



「どうかしましたか」

 別の男性の声がする。

 僕はその声の方向を見た。

 自転車に乗った警察官の姿が見えた。


 僕はその人を知っている。


 制帽の下に丸眼鏡の優しげな顔があった。

 若き日の早瀬さんだ。


 そうか。

 早瀬さんは若い日にこの辺りを管轄にしていたのか。

 それで妹の事件にあれほどの執着があったのか。

 彼は自分の持ち場でおこった凶悪事件にそうとうくやしい思いをしていたのだろう。



「ちょうど良いところに来られましたね。どうやらこの子たちは迷子のようでね。家まで送り届けてあげようとしていたのですよ」

 にこやかに犯人Aは言った。

 どこからどう見ても優しい好青年だ。

 皆、この外見に騙されるのだ。


「違うよ。こいつは葉子を連れ去ろうとしていたんだ。こいつは他にも子供を連れ去っては殺しているんだ」

 僕は喉が痛くなるほど叫んだ。

 そう、こいつは人殺しだ。

 どうにかして早瀬さんに捕まえてもらわなければ。


「君、大人をからかってはいけないな。このぐらいの年頃はこうやってありもしないことを言っては大人をからかうものですよ。いやあ、困ったな」

 はははっと端正な顔に笑顔を浮かべて、犯人Aは言った。


 早瀬さんは交互に僕と犯人Aを見た。


「君、親切なこの方にそんなことを言ってはいけないな」

 早瀬さんは言った。


 そう、今の段階では目の前の犯人Aはまだ善良な一市民にすぎない。

 なんの理由もなく警官は人を逮捕できない。

 それが法律を守るものの宿命だ。

 早瀬さんをどうにかして動かさなければいけない。

 しかし、警官の早瀬さんを動かすにはそれなりの理由がいる。


 どうにかしなければ。

 このままでは僕は頭のおかしな少年にすぎない。

 そして自由になった犯人Aはまた妹をはじめとした子供たちを毒牙にかけるのにちがいない。

 どうにかしなければ。

 だが、どうすればいい。


「こいつはアフターケアだよ。ちょいと力を貸して上げよう」

 頭の中に酒焼けした声が響いた。

 それはあの夢食みジャックの声だった。

 その声が聞こえた後、体に爆発的な力が溢れだした。

 それはあの妖魔の力に違いない。


 僕は地面を蹴って、犯人Aの持つビジネスバックに手をかけた。

 それを両手で持つ。

「何をする汚いガキめ!!」

 それはあの吊られた男となる人間の本性がかいま見えた瞬間だった。

 しかし、妖魔の力の宿った僕のほうがはるかに強い。 

 ビジネスバックを奪った僕はそれを逆さにし、中身を地面にぶちまけた。

 書類や携帯電話、財布に混じってタオルに包まれた何かがカランと転がった。

 それからタオルがはがれ、中身が地面を転がる。

 それは鉈のようなナイフだった。


 そのナイフを見た早瀬さんの顔つきが一瞬にして変化した。

 その顔はまさに狩猟犬のそれであった。

 早瀬さんは僕に手をのばそうとした犯人Aの手首を強く握った。

 あまりの強さのため、犯人Aの端正な顔が醜く歪む。

「交番まで同行してもらいます」 

 と早瀬さんは言った。


 

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