第6話

 繋いだ手からは、確かな温もりを感じた。僕が君にしてあげられることはなにかないのだろうか。いつの間にか、僕は自分の想いを口にしていた。

「僕には、少し前まで好きな人がいたんだ。君が通う中学にいた頃の話だけど。2年くらいの間ずっと片想いをしてた。相手は僕のことなんてもう忘れてるかもしれないくらいの関係しか築くことができなかったんだ」

 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。それでも、徐々に上がり始めた体温と心拍数が僕の背中を押す。

「今でもよく覚えてるよ。卒業式の日だって僕は彼女と言葉を交わすことすらなかった。告白なんてとても考えられなかったよ。僕は恐かったんだ。気持ちを伝えることも。それを拒絶されることも」

 遠くから彼女の姿を見ていることしかできなかったあの日の僕の姿が脳裏に浮かぶ。思い出したくもなかった今日まで封印していた記憶だ。

 臆病な自分が恥ずかしくて、嫌で嫌で仕方なかった。だけど、その経験があったからこそ僕は……

 静かに息を吐くと少しだけ気持ちが落ち着いた。

「こっちを見て」

 涙を拭い彼女が振り返る。その目には大粒の涙が浮かぶ。

「君の事が好きだ。初めて会ったあの日、僕は確かに君のことを好きになった。一目惚れだったんだ。君のことを知れば知るほど気持ちが大きくなっていった。だから、もう隠したくないと思ってた……だけど、やっぱり恐くて」

 ここまできても言い訳してしまう自分を情けなく思うけど、どうやったって僕は僕でしかない。そんな僕でも、君は受け入れてくれるだろうか。

「さっきはごまかしてごめん。君を大切にするから、僕の彼女になってくれませんか?」

 彼女は無言で俯いたままゆっくりと近づいてきた。額を僕の胸に当て、静かに泣いている。僕の背中に彼女の細い腕がまわる。すると、嗚咽に混じり囁くような小さな声が聞こえた。

「ぎゅってして」

 僕がどうすればいいかわからず戸惑っていると、

「早く!」

 と、彼女に怒られてしまった。

「はい!」

 僕は慌てて彼女を抱き締めた。


 しばらくすると彼女が僕を軽く突き飛ばした。

「今日のサービスは終了です!」

「だからなんの店なのさ」

 僕らは飾らない笑顔を見せ合った。

 

 こうして僕らは付き合うことになった。




「ありがとう」

 帰りの電車で、彼女は唐突に感謝の言葉を口にした。

「え? なにが?」

 僕は訳がわからず聞き返してしまう。

「私、実はいじめられててさ。ちょっとだけ自殺も考えたことがあったの。そんなときに君とあんな出会いをしちゃったからさ。運命だと思うことにしたんだ。……なのに君がモタモタしてるからさ」

 僕は黙って彼女の話を聞くことにした。


 話はこうである。

 彼女は特定の誰かを好きになったことがなかったそうだ。その結果、次々と告白を断る彼女は、学校にたくさんの敵を作ってしまい調子に乗っていると徐々に仲間はずれにされるようになったという。

 日を追う毎に周りの行為はエスカレートしていき、週の半分以上彼女は学校をサボるようになっていたそうだ。

 彼女はおもむろにバックから小さな箱を取り出した。

「これ、私の宝物」

 何故か少し恥ずかしそうにしていた。

「なにそれ?」

 箱を開けると見覚えのある便箋が入っていた。

「学校をサボってこれを読み返してるとさ、まだ大丈夫だって思えたの。だから、ありがとね」

 そう言って彼女は頭を僕の肩に乗せ手を握ってきた。彼女の頬はわずかに紅潮していた。

 

 初めて手紙交換を提案されたとき、なんでだろうと思ったけど、実際彼女から手紙をもらってわかったこともあった。

 液晶に映る無機質な文字よりも、形ある手紙に書かれた手書きの丸文字は彼女の存在を強く感じさせてくれた。


 しばらくすると、彼女の寝息が聞こえてきたので、僕はそっと彼女の頭を撫でた。

「ありがとうはこっちの台詞だよ。あの日、僕の隣に座ってくれて本当にありがとう」

 電車に2人で揺られながら、運命の人と隣り合う確率ってどれくらいなんだろうと僕はふと考えた。だけど、彼女との出会いはきっと必然だったのだろうと思い直した。



 この後、彼女からはたっぷりのサービスが僕の肩に届けられていたことは言うまでもないだろう。


[おしまい]

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