第5話

 終着駅を知らせるアナウンスにも彼女が気づくことはなかった。

「起きて。降りるよ」

 そう言い彼女の肩を揺するとゆっくりと目を開けた。

 僕は彼女が眠りについて直ぐに、肩に感じる湿り気から察していた。肩を貸した相手がヨダレをたらし気持ち良さそうに寝ていることに。

 僕の肩から伸びた透明な糸を見て彼女は冷静に行動を起こした。

「あ、ごめんね。気持ちがよくてつい。えっとーそうね……当店からのサービスです」

 慌てた様子もなく伸びた糸を手で断つと笑って誤魔化した。

「なんの店だよ! どんなサービス!? いや、べつにいんだけどさぁ……」

あまりの動じなさに僕の方が怯んでしまう。

「で、ここどこなの?」

 彼女の求める答えを僕は持ち合わせていなかった。

「さあ。僕も初めて来たからよく知らないけどさ。この電車の終着駅だよ。とりあえず行こうか。どうせもう学校には間に合わないんだしサボっちゃおうよ」

「そうだね。サボっちゃおっかー。でも君、出席日数足りてる?」

 彼女はとぼけた顔で聞いてきた。

「君は僕をどんなやつだと思ってるんだか……いいから行くよ」

「はーい」

 気の抜けたとてもいい返事が時間の流れをより遅く感じさせる。今頃普通ならとっくに1限目が始まっている時間だ。それなのに僕は今、好きな人と知らない町を二人で歩いている。とても不思議な気分だった。


「朝ごはん食べた?」

 何をすればいいかわからず、とりあえず朝食でも食べながら考えようかと思った。

「家で食べてきちゃった。食べてないの?」

「僕は朝いつも食べないんだよね。とりあえず目的地はないけど歩いてみようか」

「だねー。行こっか」

 そう言って彼女は僕の手を取った。

 なんて自然でかっこいいんだと僕は思った。

「君、私のこと好きでしょ」

 唐突な問いに驚き体がわずかに反応してしまう。

「さ、さあね」

 僕の焦る姿を、彼女は楽しそうに眺めていた。

「実は私モテるんだー。早くしないと誰かのとこに行っちゃうかもねー」

 これは、僕に告白しろと言っているのだろうか?

 僕の手を握る小さな手に少し力が入った気がした。彼女の方を見るとその瞬間、頬に涙が流れた。彼女は慌ててそっぽを向くが僕は思わず立ち止まってしまった。

 引き止められても振り返る様子のない彼女に僕は真面目に問いかけた。

「話してくれないの?」

「不安……になっちゃって。声、震えちゃうし、話すともっと泣いちゃう、から……」

 涙を堪え途切れ途切れに声を振り絞る彼女は未だに僕にその顔を見せてはくれない。

 ぐっと引き寄せて抱き締めてやりたかったが、僕にはまだその資格がないのかもしれないと思った。立ち尽くし、ただただ悲しくて何も考えられなくなった。



 それが悔しくて、僕は静かに決意した。


[つづく]

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