残金 890,000,000円
『資源惑星移植者大募集! これであなたも石油王! ——アメリカ航空宇宙科学局』
NASSAが今年の二月下旬に発見した小惑星群からほどよい座標に宇宙ステーションを構え、ゆくゆくは入植者のコロニーを発展させ、地球に資源を輸出するプランテーションビジネスを展開するという計画。レアメタルの存在がすでに確認されており、安価な惑星間資源輸送技術の試金石になるだろう、と書いてある。
この移民計画では特別な訓練していない一般人の入植サンプルを求めているようだ。墾田永年私財法のように、掘り当てた鉱脈から得られる利益は自分のものにできる。
うさんくさい。
けれど僕はこの話を受けざるを得なかった。
なぜならチラシの末尾に『危険手当として移植前に十五万ドル支給』とあったからだ。
日本円に換算しておよそ一千五百万円。なんてタイムリー。僕はやはり諭吉に愛されている。
というわけでやってきましたフロリダ。
おそらく搭乗することになるロケットが準備万端で横にある面接会場には、食い詰めた雰囲気の人が多かった。危険手当だけ受け取ってどうにかトンズラしようとしている人は敵ではない。絶対に落とされる。
ゆえにライバルは家族に遺産がわりの置きみやげを残すためにやってきたような人だろう。戦地に赴く兵士たちは覚悟が違う。
僕は本気で石油王——正確には、レアメタル王とでもいうべきなのかもしれない——になりにきたのだ。ゴリラから逃げるために。
もろもろの同意書やら契約書にサインして、渡された整理番号を握りしめながら自分の番号が呼ばれるのを待つ。緊張で足が震えるぜ。
落ち着け僕には諭吉がデータで約九億人。ヒッヒッフー。セルフラマーズ。
「二十二番! Cの面接室へ」
「はい!」
お、呼ばれた。病室を思わせる白い部屋で眠そうな面接官が一人。
僕はありふれた質問事項に答える、面接官は手元のタブレットを操作していく。
「金銭的な理由でこの募集に応募したのですね。では、もしこの試験に受からなかったら、あなたはこれからどうしますか?」
最後の質問なのか、面接官はまぶたをほとんど閉じた目を僕の方へ向けた。
その質問は今の僕には死の宣告にさえ聞こえた。
もしも今日中に地球から飛び立てられなければ、僕がどうなるか?
「……ゴリラの求婚を受けます」
声が震えた。言葉にしたしまったが最後、そうなってしまう気がして。
脳内に描かれたはなびら舞いちる式場の想像図。純白のドレスを着たゴリラの横にいる僕は、縄でぐるぐるまきにされて顔面蒼白マナーモードだった。助けてゆきち……。
「オーマイゴッド。なるほど。では、もしこの試験に受からなかったら、あなたはこれからどうしますか?」
「ゴリラからの求婚を受けるしかないですね」
「ジーザス。あの、まじめに答えてください。もう一度お尋ねしますよ。ゴリラは禁止です。いきますよ? もしこの試験に受からなかったら、あなたはこれからどうしますか?」
「ゴリ……、面接官さんにお金を無心します」
「ガッデム! 質問は以上です。それではロビーで結果が出るまでお待ちください」
ゴリラと言いかけたら面接官さんの目がカッぴらいたので、慌てて言い直す。すると彼が大袈裟に天を仰ぎ面接の終了を告げた。
はー、結果どうだろう。受かってるよね。ねっ、ゆきち!
ソワソワうろうろと待つこと数時間。
『結果をお知らせいたします。ロビー中央ディスプレイにて結果を発表いたします。当選された方は二時間後、搭乗していただきます。ご家族へのご連絡等は事前に済ませてください。繰り返します——』
機械的なアナウンスのあとに、巨大なディスプレイが宇宙を映すのをやめ、面接結果を表示した。二十二番、二十二番、トゥウェンティートゥー……。
「あった!」
ゴリラ回避! ゆきち、僕やったよ! 天国から見えてるー?
さて、宇宙にいく前に僕も知人たちに挨拶しなければ。もう地球にはそうそう戻ってこれないだろうし。
僕は携帯端末を取りだして、家族よりも慣れ親しんだ十一桁の番号をタップした。
ワンコールで出る借金取りさん、マジ借金取りさん。
『もしもし。あんた今どこにいるんです?』
「借金取りさん! 今はフロリダのロケット発射場にいます! あんたにはずいぶん世話になったから、最後の挨拶をしようと思って」
『百億は? というかなぜロケット発射場に? 最後ってなんの話だ』
こめかみを抑えている借金取りさんの姿がありありと目に浮かんだ。
彼ともなんだかんだ長い付き合いであったし、直近ではアメリカまで一緒にやってきた仲である。
もう彼からお金を借りることはないのかと思うと、目頭が熱くなってしまう。いつぞやのように、差しだされるハンカチももうないのだから、泣くわけにはいかない。
「ごめんなさい百億はムリでした! とりあえず、近いうちに十億はそっちの口座に僕とNASSAの名義で振り込まれます。あとで確認してください」
『……承知した』
「そういえば、僕の親友はどうしてます?」
『ああ、ホームレスの彼なら、数時間前にボロ負けしたみたいでマフィアに連れていかれたよ』
「そうですか。まあ彼ならどこかで元気にやっているでしょう」
親友も博打好きが高じてちょいちょい危険な目にあっている。毎回、少しすればひょっこりと顔を出すのだから心配はいらないだろう。
「それじゃあ、僕が宇宙のどこかで石油王になるのを地球で指くわえて見ててください。さよなら!」
『石油王!? ちょ、詳しく説め……』
プツ、と返事される前に電話を切る。諭吉の愛の果てに僕という日本人は石油王になるのだ。あらためてそう考えるとものすごく浪漫だな。
さて、ホームレスさんにも最後に話しておきたい。繋がればいいけれど。
プルルルルル、という音が右耳で響いた。「ラスベガスに誘ってくれてありがとうな。楽しかったぜ」、そう伝えようと思って。
「『もしもし?』」
四コールと半分待って応じたホームレスの声が、右耳からと背後からとで重なって聞こえる。
振り返ると、左耳に端末をあてた彼の姿があった。
目が合った瞬間、お互いに悟った。ああこいつも一緒に宇宙に行くのだと。
「『おいおい、さすが親友だな。こんなところで会うなんてよ』」
「『まったくだ』」
「『金回りはどうだい?』」
「『最高だよ』」
いつものように会話して、肩を叩きあう。折よく搭乗するようにアナウンスが流れて、肩を組んで搭乗口に向かう。
「おれたちこれから石油王だぜ。向こうに着いたらチンチロチンでもしよう。マフィアのところからさいころパクってきたんだ」
「いいね。でも、僕は造幣局でも作ろうかな。若紫計画だ。まずは石油か鉱脈を掘り当てる、造幣局を作る、諭吉を刷る」
今まで僕は諭吉に頼って生きてきた。諭吉は僕の育て親であった。父であり母であり教師であり先輩であった。
無一文になった僕は、いや、僕が、今度は父になる時がきたのだ。
宇宙空間に諭吉がいないなら、僕が諭吉の父になる。
『スリー、ツー、ワン。ゼロ』
無機質なカウントダウンと轟という爆発の果てに、僕たちは宇宙へと飛び出した。
あばよ、地球!
石油王への道 不屈の匙 @fukutu_saji
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