泥棒に入った先の美少女に恋をした

甘空

泥棒に入った先の美少女に恋をした

泥棒と雨空の宝石

 とある田舎から、さらに山奥に入ったところで、俺は息を切らせていた。


「はぁ、はぁ、きっつ……ここが雨女の住処か」


 高い高い山を登り、頂上近くで見つけた家。麓の村の噂ではここには雨を降らす魔女、『雨女』が住んでいるらしい。

 俺は泥棒として、その雨女の瞳から流れると言われている涙からできる宝石、『雨空の宝玉』を手に入れるため、遠くから遥々とやってきたのだ。


「しっかし……よくもまぁ、こんな不便な所に住んでるな。その雨女ってのも」

 

 それも仕方ないのかもしれない。麓の村では雨女の名前を聞くだけで嫌な顔をされて気味悪がられた。

 雨女もそんな人々とは関わりたいなんて思わないだろうからこんな山奥に住んでいるのだろうか。


 ここまで苦労させられたのだ。何としてでも宝玉を手に入れて、売った金で豪遊させてもらおう。


「おーい、雨女やーい。出てこーい」

 

 そんな独り言を言いながら、洞穴の中に入る。……いや、正確には独り言のつもりだった。


「はい。どうなさいましたか?」


 そんな風に答えながら洞穴の奥から、明らかに若い美少女が普通に現れた。……でかい。なにがとはいわないが。


「お前が雨女……なのか?」


 思ってたのと違うタイプが来た。

 

 雨女なんて言うぐらいだから、もっと陰気でジメジメしたような、いかにも魔女というような女だと思っていたのだが、出てきたのは陰気とはかけ離れた、しっかりとした印象を受ける美少女だった。


「そうですね、そんな風に呼ばれることもあるみたいです」


 だが、少女はそう答えた。その表情は少し儚げに見えた。麓の村では名前を聞くだけで気味悪がられているような魔女をわざわざ騙るような理由などないだろう。

 …ということは彼女が本当に雨女なのだろう。


「それで、あなたはこんなところまで何しに来られたのですか?」


 少女の目には少しの警戒の色が見える。警戒されてるな…。まあそりゃそうか、きっと今まで彼女に対して優しく接してくれた人などほとんど居ないのだろうから。


 俺はぶっちゃけこの少女が雨を自在に降らして、時には村を水没させるような魔女には到底見えないし、そもそもそんな現実味のないことなど信じていない。だが、普通の神経をしていれば、そんな話を聞けば関わりたいなんて思わないだろうから。


「雨空の宝玉を取りに来た。お前の目から流れ出ると聞いているんだが」


 単刀直入にそう言ってみた。

 だが言った後で気が付く。これでは「お前のことを泣かせに来た」と言っている様なものだ。…これは失敗したな。「観光に来たところ迷ってしまった」とでも言えば良かった。


「そうでしたか。わざわざこんな遠いところまで大変でしたでしょう。大したものはありませんがどうぞ良ければ中へお入りください」


 だが、雨女はそう言うと何も気にしてないかのように、あっさりと俺を中へと誘う。俺は唖然としているのも気にせず、彼女は空を見て、


「1年後の今日は快晴でしょうねぇ」


 なんて言っている。

 なんだコイツは。

 ……だが、まぁいい。取り敢えず俺はついていくことにした。


 奥に入り誘われるままに椅子に座る。


「それで、私の涙からできる雨空の宝玉が欲しいのでしたね?」

「本当に実在するのか?」


 ここまで探しに来ていて今更ではあったけれど、一応そこは明確にしておきたかった。


 ……というかそもそも俺はこの話には懐疑的なのだ。人の涙が結晶化して宝石になるなんてこと普通に有り得ないだろう。ただ知り合いの情報屋が信憑性が高いというから来ただけで。


「はい、しますよ。けれど、私も実は一度しか作れたことがないんです」


 雨女と呼ばれている少女はそんな俺の疑念に対して、あっさりと肯定した。


「お前が涙を流すことが要因じゃないのか?」

「一度できたときはそうでした。涙が結晶化して作られたんです」


 参ったな…条件が確定していないのか。

 遥々とここまで来たんだ。宝玉を手に入れなければ帰りたくはない。

 それに、俺は今まで狙った宝はすべて手に入れているのだ。ここで無敗記録を絶やすのはプロとしてのプライドが許さなかった。


 ここは無理矢理にでも、何とかこいつを騙してここに居座ってやろうと思う。


「雨女。俺はどうしても宝玉を手に入れたい。だから手に入るまでここにいていいか」

「えっ……!いい、ですけれど……」


 ……自分から言い出したことなのだが、こいつ俺の言っていることを本当に理解しているのだろうか。

 出会って僅か数十分の、しかも自分を泣かすと宣言してきた男に対してあっさりと泊めることを許可するなんて。


 いや、都合がいいことには違いないのだが、何とかして騙してやろうと考えていただけに拍子抜けしてしまう。

 さっきまでの警戒心はどうしたのだろうか。


「……ほ、本当にいいのか……?」


 思わず、心配になってそんなことを言ってしまうが、雨女は何とも思っていないような表情で、


「はい」


 と言った。


 そうして宝玉を手に入れるための奇妙な関係が始まった。


 雨女はこんな場所で一人暮らしをしているだけあって生活能力が半端じゃなかった。

 料理、洗濯、掃除、DIY、etc……マジでこんな山奥で住むんじゃなくて、ハウスキーパーやらお手伝いさんとして就職することを勧めたい。


 そして、雨女と呼ばれている由来も分かった。


 彼女は100%天気が予知できるのだ。それこそ天気予報なんて目じゃないぐらいに。


 空に愛されているとでもいえばいいのだろうか。彼女が本気になれば1ヶ月先の天気までピタリと当ててしまう。


 それを雨女から聞いた時、雨女は何故か変なことを俺に聞いてきた。


「その……泥棒さんが気持ち悪いとか、思うのでしたら私に気を遣わなくても、いい、ですからね」

「?いや、そんなことないが……」

「えっ、あぅ……そ、そうですか」


 そう言って困惑する態度をとる雨女に、ため息をついて俺は言う。


「そもそも雨女なんて言われてんのは、あいつらの勘違いなんだし、嫌ってくるやつがいるならそんなの相手にしなきゃいい。お前は自分をもっと大切に、幸せにしようとしていいんだよ。」


 それから雨女は俺に対して更に優しく接してくれるようになった。どうしてだろう。


 他にも毎日色々な話をした。


「泥棒さんは、今までどんなものを盗んできたのですか?」

「ん?あー…例えば、詐欺師の家にあった超高級なワインとか、強盗団のアジトにあった金の延べ棒とか、横領をしてた政治家の家にあったクソ高い絵画とかだな。」

「へーやっぱり泥棒さんは凄いんですね」

「凄くないさ。結局泥棒なんて他人を不幸にして甘い汁をすする職業だからな。どうやったって幸せにはなれないのさ」


 そういうことを言うと、雨女は本気で悲しそうな顔をする。何度も泣かされている相手に対して、同情するなんて、こいつはどこかおかしいのだろうか。


 初めはさっさと宝玉を見つけて、こんなド田舎のさらに山奥のところなんて抜け出してしまうつもりだった。


 けれど、どうしてだろうか今はそんな気にはなれなかった。




 そしてそんな風に過ごして、気づけばあっという間に一年が経っていた。

 まだ、宝玉は手に入れられていない。



 一年間一緒に過ごして分かった。こいつは噂で気味悪がられていたのが馬鹿らしくなるほど善良で、優しい、ただの少女だった。ただ、雨を予想できるだけの、本当にそれだけの少女だった。



 最近はもう、雨女を泣かすこともしていない。毎日色々な言い訳をして、理由をつけて泣かせないようにしていた。


 その理由にも、自分の気持ちにも、とっくに気がついてる。

 俺はこの心地よい空間から離れたくないんだ。


 1年だ。1年の間ずっと意味のわからない理由で転がり込んできた俺に、泥棒である俺に、雨女は優しく接し続けてきた。そりゃそれなりに好意も持つ。


 そして、きっと雨女は俺に依存している。これまで雨女とここまで話してくれた人はいなかったのだろう。

 彼女が俺にここにいて欲しいと思っているのは鈍感な俺でも流石に分かる。


 このままだと俺の心はそろそろ限界になる。耐えられなくなる。溺れてしまいたくなる。


 だけど、それだけは許されない。許されていいわけがないんだ。


 ……もし明日、宝玉が手に入らなかったとしてもここから出ていこう。


 そう考えた時、雨女が帰ってきた。雨女は数日に一度、顔を隠して麓の村まで買い出しに村まで行く。俺が来てからは交互に行っていた。


「ただいま帰りました」


 なんて言いながら俺の顔を見ると花が開花したような笑顔でこちらへと向かってくる。


……離れたく、ねぇなぁ。


「雨女…ちょっと話がある」

「…?はい。なんですか?」


 真面目な顔で改まって言う俺に、キョトンとした顔で雨女がこちらを見る。


「俺は明日、宝玉が見つからなくてもこの家を出て帰ろうと思う」

「…え」


 その言葉に雨女の表情が凍り付く。


「宝石を諦めるのですか」


 聞こえる声はいつも聞いていたのとは違う、本当に同じ人間が出しているのかと思うようなびっくりするぐらいの冷たい声だった。


「ああ、俺がここに来てから明日で一年だ。流石に長く居すぎた」

「そんなこと……」


「っ!あるんだよ!!」

「っ!」


 俺の急に出した大きな声で雨女はびくんと震える。ああ、そういえばこいつにこんな態度をとったのはこれが初めてだな。


「俺は泥棒だ!人の財を貪り、幸せから不幸へと落とす犯罪者だ!そんな奴が盗もうとしてた奴と一緒に幸せになるなんて虫が良すぎるんだよ!!」


 心からの本音だった。1年間、俺はこいつに対して何度も泣かした。それに、俺はこいつを利用して儲けようと考えていただけだったんだ。


そんな奴が幸せになろう?ふざけるなと言いたい。


 だが、その言葉に対する雨女の反応は1年一緒に過ごしてきた身としては意外すぎるものだった。


「じゃあ!私は大勢の方から疎まれる雨女です!!そんな私は幸せになる権利はありませんか?」

「そんなこと…」



「そうですよね!それを私に言ってくれたのはあなたです!そのあなたが、どうして!そんなことを言ってるのですか!!」


 一年間過ごしてきて初めて聞いた雨女の大声に俺は何も言えず固まる。


 そしてそのまま彼女は俺の顔を見て有無を言わせない態度で俺に言う。


「この一年間ここに住まわせてきた恩を今、ここで返してもらいます」


 何を、言われるのだろうか。


「私とずっと一緒にいてください」

「っ…!」


 その言葉に、気づけば俺は涙を流していた。


「…っああ、よろしく、頼む」


 その言葉に今度は雨女が一筋の涙を流す。

 その涙が床に落ち…カランッと音を立てた。


「…ぇ」

「あ」


 雨女の涙が結晶化して宝石になった。澄んだ翡翠色の宝石だった。


 後から知ったが、雨空の宝玉は雨女の嬉し涙が元となって作られるらしい。


 ……まぁ、今の俺にはあまり関係はないんだけどな。


 だってもう、俺はこいつから離れる理由なんてないのだから。


「…今日は快晴だな。」



 窓から強く差し込む日差しに、手をかざす俺の指には翡翠の色をした宝石のついた指輪がついていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

泥棒に入った先の美少女に恋をした 甘空 @sweet-1018

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ