ゾンビと冠付き 6

 エイリカの「おしまい」という言葉の通り、戦いは始まりを告げる前に終わりを迎えた。


 フィルティの魔法が霧散して、晴れた視界に広がる景色は、争いの跡。沢山の魔族がたおれている。死んでる者も多いが、生きてる者もそれなりにいる。まさしく乱戦の果てと呼ぶに相応しい。

 これが全て同士討ちというのだから、背筋が凍る思いだよ。『因果』の名に恥じぬ応報ぶりだ。……ホントおっそろしい。


「寡兵で勝利を得るのに大事なのは、相手に逃げの選択肢を残しておくこと。背水に追い込めば、弱者の群れは窮鼠きゅうその群れに変わるもの。……でしょぉ?」


 分かっちゃいたけど、やっぱり皆殺し発言はブラフか。一騎で千兵の全滅なんて、エイリカの『精神操作マインドコントロール』を以てしても非現実的過ぎる。

 エイリカの語った「本物の一騎当千」とは、一騎で千を壊滅すること。倒した相手なんて、百にも満たないだろう。残りは彼女の作り上げた混乱を恐れ、逃げ去っていった。


「あたしは虫けらを潰すことに価値なんて感じないしぃ…無駄にリスクを負う気もないしぃ…何より、覚悟を決めて発起した『つもり』の虫けら共が、旗色の変化を察して逃げ惑う。その無様さが一番好きなんだよねぇ」


 分からない。エイリカがスタンスや思想をいくら雄弁に語っても、全く共感が持てない。

 エイリカが歪んでいるのか、それとも私が足りないのか。理解の及ばぬ原因は、果たしてどっちなんだろうね。


 私はあちこちに『目』を投げては再生してを繰り返し、周囲の状況を念入りに確認する。

 この状況でまだ戦意を保ち居残ってる魔族は……流石にいないか。残ってるのは、ケガで身動き取れない者かエイリカの魔法にかかったままの者。それ以外は死体だけだ。


 ただでさえ戦いにくい山岳で、『濃霧ミスト』の魔法で視界を阻まれ、挙げ句の果てに『精神操作マインドコントロール』で同士討ちを余儀なくされる。

 エイリカは魔族が踵を返して逃げ去ったことを嘲笑ってるけど、こんな悪夢のような状況なら私だって一目散に撤退するさ。むしろ敵さんは逃げるのが遅かったとさえ思う。その結果がこの惨状だもの。


「ほ、ほんと…酷い有り様ですわね。流石『冠付き《クラウン》』とも言えますけど……やり過ぎにも思えますわ」


 フィルティは苦い顔で、倒れ伏す魔族を遠巻きに眺めている。うん。私だってちょっとは思う。冒険者の経験に乏しいフィルティにとって、その思いはより強いことだろう。

 だが、当のエイリカは呆れ果てたように苦笑いを作る。


「はぁ~? 随分とお嬢様な感想ですことぉ。こんなのむしろ甘過ぎるくらいじゃない。矢を向けてくる相手には、それ相応の報いがなきゃ。ほら、見ての通りゾンビの頭はまるで蜂の巣よ。『不死』じゃなきゃ、いったい何度死んでることやら」


 その言葉で、ようやく頭にまだ矢が数本刺さったままなことに気が付いた。身体は新しく再生したから腐ってるなりに綺麗なモノだけど…また、素っ裸になっちゃったな。エイリカに馬鹿にされるのも癪だから、隙を見て拾って着るとしよう。

 折角ヴェルデから貰った『エルフの礼装』なんだ。馬子にも衣装とはいえ、穴が空いたくらいで捨てっぱなしにするのは勿体ないし、何よりヴェルデに申し訳ないもの。


「あーあ、甘ったるくて胸焼けしちゃうわぁ。………それはそーとして、もう周りに動けそうな敵はいなかった?」

「ぐぅう」


 首をガクンと頷かせる。刺さった矢のせいで重心がズレてるのか、無駄に勢いよく首を振ってしまった。

 ……再生したばっかなのに、首が折れちゃったかも。まったく、難儀な身体だ。


「そ、ならいいや。んじゃー取り敢えずぅ、生きてるのを『一匹』捕らえて撤収しましょ。出来れば全部捕らえたいとこだけどぉ、あたしは運搬向けの魔法なんて持ってないしぃ。お嬢様はどう?」

「う、ううん……。わたくしも簡単な『転送テレポート』くらいしか使えませんわ。一人なら兎も角、この数をふもとまで下ろすのは魔力不足です」

「右に同じぃ。ゾンビは聞くまでもないだろーし、これで決定ねぇ」


 取り敢えず、当面の危機は退けられたっぽいかな。問題は、この危機が今回の依頼クエストとは全く関係がないってことだけど。

 折角、他の『冠付き《クラウン》』を出し抜いて、フィルティに格好良い様を見せ付けるチャンスだったってのにさ。これだけ余所事に手間取っちゃたら、手柄はとっくにクロン達のモノだろう。

 魔族との戦いだって、殆どがエイリカの独壇場だった。確実な勝利を求めれば、あれが最適解だったとは思うけど……立つ瀬ないなぁ。──ま、安全に切り抜けられたし、フィルティも怪我はないみたいだし、良しとするか。


『ゾンビの不死は、ゾンビだけの不死だから』


 エイリカの意味深な言葉に歯痒さを感じつつ、私は頭に残った矢を一本一本強引に引き抜いていった。




 その後については、やはり私が想像した通りだった。

 黒鎧鳥ガーゴイルはクロン達が早々に発見していたらしく、『静謐』の丁重なお膳立ての元にキール公子が討伐したとのことだ。

 お膳立ての上に築かれた偽りの功績とはいえ、それを知ってか知らずか本人は満足げに興奮していた。どちらにせよ、クロンが相当上手に接待して導き、気持ち良く手柄を挙げさせたのだろうな。


 興奮覚めやらぬ公子様に捕らえた魔族を見せ、エイリカの口から先の顛末について語ったけれど……果たしてちゃんと聴こえていたのやら。

 黒鎧鳥ガーゴイルの討伐なんかよりも遥かに大事なんだけど、浮かれ過ぎが災いして事の深刻さが理解出来てなさそうだったな。

 ──まあ、道楽者の公子一人が背負うには身に勝ちすぎる問題だから、理解に及ばないのは災いどころか幸運だったかもね。この鈍感さも、貴族の自信を支える処世術なのかもしれない。



 そんなこんなで私達は『逢魔の帳』を後にして『灰兎亭』へと戻って来た訳だ。


「──ふぅん。随分な面倒事に巻き込まれたンだね。御愁傷様だヨ」

「む…魔族の残党か……。最近はコチラ側に現れることもなかったから……人間への敵愾心てきがいしんを失ったとばかり思ってた」

「戦争の傷は忘れられないでショ。ボクらにとっても他人事じゃあナいね。──ホい、詰みだ。これでヴェルデの10連敗かナ?」

「あ……!? ぐ、ぐぐぐ」


 昼時にしては珍しく客入りの少ない店内で盤上遊戯に興じていたシルフとヴェルデ。見るからに暇を持て余していた二人に帰還するやいなや声をかけられたから、私達……というかフィルティが、今回の依頼クエストの顛末を事細かに説明することとなり──案の定、二人とも話に食い付いてきた。


 未遂とはいえ魔族の侵攻なんて、冒険者からしてもそれなりの大事だ。よっぽど鈍感な貴族のお坊ちゃまでもなければ、右から左に素通りさせられる話題ではないのさ。

 どちらかといえば寡黙なシルフも、打てども響かないくらい寡黙なヴェルデも、珍しく話に興味を示し饒舌に相槌を打ってくれた。


 ──というかこの二人、二人っきりで盤上遊戯を嗜むくらいには交遊があるんだな。確かにヴェルデを私に紹介してくれたのはシルフだったけど……知らなかった。


「ともアれ、『冠付き《クラウン》』が三人もいルところに鉢合わせたのが運の付き。最悪の敗着手だヨ」

「それも…あの『因果』のエイリカまでいたとなると……重ねて不運だな。敵を憐れむのも、変な話だが……」

「エイリカのようなイカれた奴と鉢合わせたら、同情を禁じ得ないのも無理ないヨ」


 シルフは盤上の駒を摘まみ、ヴェルデの駒にぶつけて倒す。相変わらず、シルフはこの手の遊びが強いなぁ。私もまだ一回たりとも勝ったことがない。

 腐った頭で賢いシルフに太刀打ち出来るはずもないとは理解してるから、勝ち負けに拘ってる訳じゃないけどね。勝とうが負けようが、この手の遊びは結構楽しい。今度、フィルティとも一緒にやろうかなぁ。


「まったく参りましたわ。冒険者ともなれば、こういった不測の事態も日常茶飯事なのかしら。──ふふっ。ですが、これも冒険者の一興。悪くありませんわね」

「へぇ? 大貴族の英才教育の賜物かしら。随分肝が座ってるネ」

「それはもうっ…リヴィア家の公女たるもの当然のことですわっ! 『冠付き《クラウン》』の強さも学べましたことですし、良い冒険の第一歩でしたわ!!」


 そう言って貰えると、私も嬉しいね。活躍はエイリカに、功績はクロンに獲られちゃったから、失望されてないかちょっぴり不安だったけど……無用な心配だったみたい。


 私も、フィルティに言いたいことがいっぱいあるよ。以前よりも周りが良く見えてたとか、巧く連携が取れてたとか、凄く助けられたとか──


「ぐぁあいお──」

「魔族……そう、キミ達が倒して捕らえた魔族は…どうしたんだ?」

「取り敢えず、グロシア家に引き渡しましたわ。端っことはいえグロシア領での出来事。当主に一任するのが筋……と、ゾンビに教わりましたので。後のことは冒険者の領分ではないとも教わったから、他は何も知りませんの」

「正論だ。………恐らく『逢魔の帳』に私兵を向け、残った魔族の全てを捕らえただろうな。……魔族は亜人と違って敵で、権利を保証する必要がない。怪我で身動き取れない魔族の群れなんて……『人』からしたら宝の山だろう」


 神妙かつ含みを孕んだ言い方で、ヴェルデは皮肉を呟く。ヴェルデにしては饒舌で、言葉数も多い。

 きっと亜人の立場から、思うところがあるのだろう。能天気にパーティの感想を述べようとしていた私とは大違いだ。


「旧き禍根かこんに端を発する、憎悪の螺旋。エイリカも魔族も、憎しみで動いているから恐ろしいネ」

「憎しみ? エイリカはお金が全てだと言ってましたけれど……」

「そんなワケない。一つの魔法を頂点まで極めてる魔法使いってのハ、大抵が強い情念に突き動かされてる異常者だヨ」


 一流の魔法使いであるシルフの台詞なだけあって説得力がある。

 うむ、まったく以て同感だ。歳若くして『精神操作マインドコントロール』なんてピーキーな魔法を極めるなんて、異常でなければ逆におかしいくらいだもの。


「魔族殺しとまで呼ばれてル功績と群れた魔族を倒スのに最適の魔法。この魔族に対する極端な敵愾心は、憎しみガ根底になくちゃあり得なイでしょ? 故郷の村が襲われたり、仲間が殺されたりとか……北部の方じゃよく聞く話だヨ」

「そう……なのかしら? そんな深刻な恨みつらみを抱えてそうには見えませんでしたけど」

「ま、ボクも実際のトコは知らないケドね。知ってるのハ『因果』のエイリカの功名と、その人格の悪名だけ。ホントのコトなんて、本人にしか知り得ないヨ」


 シルフの言葉に被さるようにして、エイリカの言葉が頭を過る。


『先に立たない後悔が、取り返しの付かないモノにならなきゃいいねぇ』


 ……エイリカにも、あるのだろうか? 何をしても取り返しの付かない後悔が。


『ゾンビの不死は所詮、ゾンビだけの不死だもの』


 エイリカはひょっとして、こう忠言したかったのかな? 私は私を守れても、大切なモノを守るだけの力はないって──


『きっとゾンビもいずれ気付くよ。仲間なんて、最初はなからいない方がいいってさぁ』


 エイリカは、仲間の不要さを説いていたんじゃなく、仲間を失う悲しみを説いてたんじゃないか?

 それがエイリカの異常の根底で、彼女がソロでの冒険を貫く理由。


 シルフの言う通り、真意は汲めるべくもないけれど……そう考えると、エイリカのわざとらしいほど悪辣あくらつな態度にも合点がいく。

 失う悲しさを二度と経験したくないから、誰にも愛着が湧かないよう偽悪に振る舞う。

 あんな子供がそう決意を固め、その結果あそこまで強くなったのだとしたら──『因果』な話だ。仲間を得たのすらつい最近の私には、想像さえも出来ないくらいに。


 エイリカの言葉が、私の腐った頭の中でおりのように積もる。才気溢れる冒険者のエイリカだけど、一番秀でた才能は心に言葉の杭を突き立てる達者な口だな。


 天性の言動と極めた魔法で他者を操る無二の天才。分かっちゃいたけど……『因果』のエイリカ、恐るべしだ。


「ホラホラ。ゾンビもフィルティス嬢も、冒険の話はここでオシマイにしよう。魔族も末路もエイリカの過去も、休むに似たりの考えダよ。そんなことで思考の無駄遣いをするくらいなら、盤上遊戯で思考に花を咲かせよウ」

「あらっ! いいですわね。わたくし、結構遊戯はいける口ですわよっ」

「へェ、そりゃ楽しみ。ゾンビもヴェルデもヘタクソで歯応えがないからサ。一個の駒ばかり動かして、他の駒を使わないから弱いンだよ」


 他の駒を使えないから弱い……か。

 暗に仲間と上手に組めないと言われてるみたいで、ゾンビとはいえ傷付くなぁ。

 いやっ、クヨクヨするもんじゃない。盤上遊戯の駒は上手に扱えなくても、仲間とは上手に連携を取ってみせるさ! ゾンビたるもの学びは活かす。不屈さなら、誰にだって負けないもの。


 私はエイリカとは違う。エイリカがどんな経験を経て、どんな真理に至ろうとも、それはエイリカだけの真理に過ぎない。

 エイリカがどんなご高説を掲げようとも、私は仲間と一緒がいいし、仲間を信じたい。


 私は穴だらけの礼装がヴェルデの目に入らないよう気を使いつつ、フィルティとシルフの上手な駒使いを学ぶために腐った目を見開いた。

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パーティにゾンビは要りませんか? ちろり @tirori

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