ゾンビと『因果』のエイリカ
『冠付き《クラウン》』第十二席、エイリカ。
北方ギルド『青燕の
ガルデア領、グラーテ領、ラルクール領からなる北方諸侯では、未だに魔族との小競り合いや魔物による被害が頻発している。原因は単純。旧魔王領と隣り合わせな上に、北部を『逢魔の
その為北部の治安はそこそこに荒れていて、『青燕の
そして、そんな北方の守護者において、魔族殺しとまで謳われる筆頭冒険者が、エイリカだ。
ある一つを除けば、エイリカは凡庸な冒険者でしかない。『
そんなエイリカを強者足らしめてる「一つ」が、彼女の最も得意とする魔法。恐ろしく凶悪で、話に聞いた際は
一年くらい前にグラーテ領を襲った、魔族による大戦以来最大規模の侵攻。沢山の兵士が死に、沢山の村々が焼かれたこの強襲をほぼ一人で食い止めたのが、当時『
千に近い敵を、たった一人で撃退する。文字通り一騎当千に値する活躍。彼女はこの功績によって、一足飛びで『冠付き《クラウン》』の称号をアルテミア王から賜った訳だ。
人の敵たる魔族を因果応報の末路に導く、魔族殺しの申し子。その名冠は因果──『
敵は突然辺りを覆った濃霧にそれなりの警戒心を覚えたのだろうか、強引に攻めてはこない。もしも距離の有利を捨てて全軍突撃されたらそれが一番厄介だったのだけれど、その心配はなさそうかな。
数の利がある敵にとって、不穏な状況にそこまで捨て身になる理由もないもんね。これもエイリカの言うところによる「多勢の不利」ってヤツの一つだ。
そして、コチラ側のの有利。相手から霧の中の私達は見えていないけれど、私からは相手が見えていること。
エイリカの『
腐った目玉が近くで自分達を監視しているなんて、敵からしたら想像の範疇を大きく越えているだろう。
文字通り、目玉が飛び出るような驚きの奇手奇策。こんなの気付ける訳がないし、気付けたところで目玉を潰すくらいしか出来ない。
一方的に見えてる以上、後手に回って構わない。相手を窺い、適切に対応する。『一人』捕らえるくらい容易いさ。
「ねえゾンビ。ひょっとして、貴女の『目』には敵の姿が見えてるの?」
「ぐぅう」
「やっぱりっ! なら、こっちから先に攻撃を仕掛けましょ。わたくしの大規模攻撃魔法なら、確実に大打撃を与えられますわ。今こそフィルティス・リヴィアの真価を発揮する時ですわ!!」
私は首を振る。それで全滅させるか戦意を完璧に奪うことが出来るなら有りだけど、不可能だ。
相手は全滅を喰らうような雑な陣形をしてないし、恐らくは士気も高い。そんなことをして追い込めば乱戦は必至だ。それこそ、数の利を存分に発揮されることになる。
それに、そのやり方だと死『人』が出すぎるじゃないか。ここはエイリカに任せるのが最善だ。多少不服ではあるけど、彼女なら上手にやってのけるだろう。
霧の中で身を潜めながら待っていると、我慢が限界に達したのか、少数の
ふふ…そうっ! これを待っていたんだ。これもまた、数の有利による慢心。なまじ数がいると、こうしたリスク管理目的の分断が増える。賢い集団ほど、数を活かしたがるもんね。
甘い甘いっ。その普遍さこそが、こちらの思う壺だとも知らずにさ!!
普遍は時に、敗北へと直結する毒になる。個ならその毒に気付けることもあるが、集団ではたとえ個が気付けても行動を変えられない。集団の心理とは、数が増えるほど限りなく普遍に近付くモノだからね。嵌める側からしたら、これほど読み易い相手もないのさ。これも集団の弱点だ。
「ぐぉお…ぐぇっ!!」
敵が霧中に無策で入った瞬間を見計らい、私は頭部を手斧で切り落とす。そして、落とした頭を油断した相手に向かってぇ──投げるっ!
そして、首から上を失った身体を振りかぶり、すぐさま手斧を投擲する。
宙を舞い、そして落ちる私の頭。ボトリと落ちた場所は、踏み入って来た魔族連中の丁度足下辺りだ。
不器用な私にしては巧く投げられたな。狙い通りのとこに落ちてくれた。
「……!?」
突然落ちた生首に気付いた数人の魔族は、明らかな動揺を見せる。だが、動揺しただけだ。落ちた生首自体に対しての警戒はしていない。
そして、間髪入れずに投げ斧が宙を舞い、私の頭のすぐそばに突き刺さった。それは飛んで来た生首なんかと違って、あからさまな攻撃の意思…危険の象徴。
限られた視界の中、情けなく転がる生首と投げられた斧のどちらに脅威を感じるかなんて語るにも及ばない。
敵は霧の先…斧の飛んで来た方向だけを警戒して、もう足下の生首なんざ気にも留めていない。無駄な情報に惑わされない正しい判断。……でも、今回ばかりはその正しさが仇になるのさ。
不死最大のアドバンテージ。それは、相手の意表を突く常識外れの変則戦法。以前クーリアと協力して行った強襲の二番煎じだけど、何度煎じようが強力なモノは強力。
今回のは強襲からの電撃戦ではなく、「死んだ振り」からの騙し討ちだけとね。
恐る恐る、細心の注意を払って、斧が投擲された方向へと歩を進める魔族達。誰一人、転がってた生首に身体が再生しているとは気付かない。──気付くはずがない。
してない息を潜め、少し遅れた最後尾にいる魔族に狙いを定め……。
──ガッ
静かに、速やかに、手斧の柄で思い切り殴り付けた。
「お、さっすがゾンビィ! キッチリ捕まえてるじゃーん。凄い凄い。卑怯な騙し討ちをさせたらフィラム中を探しても並ぶ者なしね」
気絶させた魔族と共に少しの間身を隠しつつ待っていると、エイリカがテキトウな皮肉を宣いながら近寄って来る。もちろん、フィルティも一緒だ。
「頭が飛んでった方向に進んだだけで合流出来たのはこれ幸い。探す手間が省けて良かったよ。こいつは…ダークエルフかな? ま、どーでもいいか。次はあたしの番……負けてらんないね。すぅ──」
エイリカは気絶した魔族を揺り起こし、その耳に顔を近付けて──
『仲間がお前の命を狙ってる。殺さなきゃ、お前が殺されるぞ』
小さく、そう囁いた。
『因果』のエイリカを『冠付き《クラウン》』足らしめる、代名詞とも言うべき最悪の魔法。それが『
『さあ起きろ。起きないと、お前が大切にする全てを失うぞ。お前が護るべきモノ…全てを』
何の根拠もない、不穏を撒き散らすだけの薄っぺらな妄言。だけどエイリカの言葉からは真に迫るモノを感じる。もちろん、ただそう感じるだけの嘘っぱちなんだけど、虚を真だと煽る分には十分の演技だ。
目覚めて早々にそう囁かれたダークエルフの青年は、意味も分からず目を丸くしている。そして……彼女の言葉に少しでも心を揺らされたなら、もうおしまい。術中に嵌まり、絡め取られて抜け出せない。
「アイツら、お前を騙してたんだっ! 赦せない…赦せないっ!! なあ、そうだろう!?」
エイリカの
「あ、あア……? そ、そウか。そうだっタのかぁ。じゃあ…こ、こ、コロさなきゃ」
──決まりだ。こうなってしまえば最早操り人形も同然。そしてここからが、エイリカの本当の恐ろしさの始まり。魔族殺しの本領発揮だ。
「……ねぇーお嬢様ぁ? これ以上霧を濃くしたり、範囲を拡げたりすることは出来るのかしら?」
「へ…あ、うん。で、出来ますけれど……」
「じゃ、おっねがーい。あたし達はもう、言葉以外の武器を振るう必要なんてないからね。あの身の程知らずなバカ共の不安を煽る為に、視界は悪いほどいいの」
『
「ん…終わりっ! あースッキリしたぁ。あたし、強いと勘違いした雑魚の群れって大っ嫌いだからぁ、虫けらみたいにぶっ潰せて嬉しいねぇ」
「は? ま、まだ全然、楽観視出来る状況ではありませんわ! なんでそんな──」
「きゃははっ! いやいやいや、もうおしまいなんだってばぁ。こうなった時点で、もう詰みだもん。ほらぁ…言ったでしょ? 本物の一騎当千を見せたげるってさぁ」
本物の一騎当千か。ホント、言い得て妙だな。
一で千を破るのは、エイリカの言う通りあまり現実的とはいえない。それでも、その圧倒的な数の有利を覆す方法はある。──そう、つまりは奪えばいい。
たまにシルフと遊ぶ盤上遊戯に相手の駒を奪って使えるルールがあるけど、それとおんなじだ。
集団は崩されると、その弱点を一気に露呈する。数が増えれば増えるほど敵対勢力への対応力は増すが、その分内部から崩壊しやすくなる。そして、内側の傷は外からの傷よりも遥かに防ぎ難い。
味方を奪われることは数字以上に致命的で、集団の
『きゃっはははっ!! 数に任せて「人」を襲おうだなんて、かつての大戦での敗北をもう忘れちゃったのかしら! 喉元過ぎればなんとやら…愚かしいったらありゃしない! そんな蛮勇の復讐者気取りには、因果応報の末路がお似合いね。全員操って──仲間割れの皆殺しだぁ!!!』
山中に響き渡るほどの大声で、エイリカは叫ぶ。彼女の声からは、普段の軽妙な雰囲気なんて欠片もなくなってる。その高い声色はむしろ不気味さを増幅させ、心をいっそう掻き乱す。
味方の私でも洪水みたいな言葉に呑まれそうになるってのに、敵が心中穏やかでいられるはずがない。
その上、彼女の『
エイリカの宣言した脅しが本物となって、心を穿つ。恐怖は伝播し、まるで伝染病のように集団が彼女の魔法に犯されていく。
魔法への耐性に個人差はあるだろうが、こうなってしまえば関係ない。一先ずかかりやすい奴だけ操ってしまえば、あとは螺旋のように崩壊の一途を辿るだけだ。
精神操作された者が集団に混乱をもたらし、その混乱が恐怖を生み、それによって他の者も操られる。これこそ彼女の能力の真髄。『
多勢に対してこれほどまでに有効な魔法を、私は知らない。ただし、この魔法の真価はエイリカだからこそ引き出せるモノだ。遠隔で魔法を操作するセンス。自らの魔法への理解力。何より、他者の精神に付け込む言葉と演技。相手を煽らせたら右に出る者なしの彼女は、この特異な魔法を誰より巧く使いこなしてる。
事実『
……ホント良かったよ。こんな最悪な魔法が流行ってなくてさ。心の内を操って仲間同士の潰し合いを促す魔法なんて、敵に使われたらと思うとゾッとする。
仲間はとっても大切で、得難くて、頼れるモノで──そうあるべきモノ。こんな魔法を使うのは、エイリカ一人で十分だ。
「群れれば強くなる。これは摂理。だけどぉ…だからこそ、群れるのは弱者なのよ。群れという皮を剥がした雑魚の、笑えるほどの醜悪さ。──強者は群れない。群れずとも強く、群れが足枷になることを知ってるから。でしょぉ? ゾンビ」
「………」
濃霧で見えこそしないが、敵の混乱が怒号や悲鳴となって聴こえてくる。エイリカはそれを聴いてケタケタと笑っているけれど、勿論私は笑えない。エイリカの言葉にも、肯定なんて出来ない。
「ゾンビも私とおんなじ考えだと思ってたんだけどなぁ。強いんだから、いらない
「……ぐうん」
首を横に振る。今までのテキトーな軽口とは違う本物の忠告。だからこそ、私も真面目に解答を示してみせた。
エイリカの言葉も一理ある。強ければ誰とも組む必要なんかないってのは、以前グレンやシルフも似たようなことを言っていたもんね。けれど、それに対する私の答えは決まってる。
たとえ誰がどう思おうとも、私には仲間が必要なんだ。私の冒険は過程の為にある。同じ目的を抱いて共に歩み、苦難と感動を分かち合う……そんな仲間との冒険の過程こそが、私のホントの望み。
この望みを聞けばエイリカは一笑に伏すだろうけど、私からすれば仲間を不要と断ずる視野狭窄な世迷い言の方が、よーっぽどお笑い草だもんねーっ。
「ま、いいけどね。きっとゾンビもいずれ気付くよ。仲間なんて
エイリカは見透かしたように嘲嗤う。……やっぱり私は、彼女が苦手だ。
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