さりとて人は感情に生きる
白川津 中々
■
それでも僕は彼女の言う事に納得できなかった。
「だって、今まで色々な功績を挙げて、後は静かに死んでいく事ばかりが望みだったと思うと、最後が刑務所の中だなんて、あまりにも可哀想じゃない?」
彼女の言は僕にとって信じられないものであった。人を、過失とはいえ二人も殺しているのに、可哀想なんて感情が湧く事にまず驚き、そして軽蔑を伴った怒りが、ふつふつ湧いてきたのである。
「じゃあ、死んだ人間や、遺族の気持ちはどうなるのさ。殺した人間がいけしゃあしゃあと、私は悪くない。なんて言ってるんだよ? 許せるわけないじゃないか。犯人は死ぬまで罪を償うべきだよ」
世間で叫ばれる声を響かせ、僕はまるで国民の代弁者が如く振る舞う。しかし、彼女はまったく冷たく、機械のように返すのだった。
「じゃあ、罪人の人権は無視したっていいの?」
彼女は僕を侮蔑するように見据える。まるで話が分からない子供を相手にするような仕草で、僕をずっと、その鋭い目で貫くのだ。
「先に生きる権利を奪ったのは犯人の方じゃないか」
「結果的にはね。けれど、悪意はなかった」
「そうだとしても、責任をとろうとしていない!」
「責任ね。余命幾ばくかの老人が、そんなかっこいい事できるかしら。いつ死ぬか分からないんだから、残された時間を守るために必死になるのは当然だと思うけれど」
「そんな事は、許されない!」
「でも、彼だって人間だもの。自分が一番可愛いわ」
そう言い切る彼女は宇宙人のように得体の知れない存在のように思えた。人の感情を、悲しみを鑑みない彼女の言葉に賛同できるはずがないと心底から憤怒していたのだが、次の言葉で、僕に迷いが生まれる。
「貴方は、罪人が死ねば満足なのかしら」
そうだと言いたいが、口に出すわけにはいかず口籠もる。人の死を願うなど、そんな非倫理的な思考を抱いていると公言するわけにはいかないかった。
「それは、極論だよ」
やっと思い浮かんだ反論だったが、彼女はそれを一蹴に伏す。
「罪を犯した人間が許されないというのも、極論な気がするな」
それ以上の議論を交わす事はできなかった。何が正しく、間違っているのか。何もかもが、分からない……しかし、けれども僕は……
さりとて人は感情に生きる 白川津 中々 @taka1212384
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